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アザゼル999

※アザゼルかっぱの独自調査記事が少しございます。記事検索で「アザゼル」と入力すると読む事ができます。ジャーナリストでも物書きでもないので下手な文章ですが、どうぞ読んで行ってください。 各優良サイトのオカルト・政治・芸能・国内ニュース・海外ニュース・歴史・バラエティなどなど、ネット中の様々な情報を紹介していきます。

カテゴリ: 著作権切れ・世界名作集

引用http://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42382_21525.html

 かわいそうなヨハンネスは、おとうさんがひどくわずらって、きょうあすも知れないほどでしたから、もうかなしみのなかにしずみきっていました。せまいへやのなかには、ふたりのほかに人もいません。テーブルの上のランプは、いまにも消えそうにまばたきしていて、よるももうだいぶふけていました。
「ヨハンネスや、おまえはいいむすこだった。」と、病人のおとうさんはいいました。「だから、世の中へでても、神さまがきっと、なにかをよくしてくださるよ。」
 そういって、やさしい目でじっとみながら、ふかいため息をひとつつくと、それなり息をひきとりました。それはまるでねむっているようでした。でも、ヨハンネスは泣かずにいられません、この子はもう、この世の中に、父親もなければ、母親もないし、男のきょうだいも、女のきょうだいもないのです。かわいそうなヨハンネス。ヨハンネスは、寝台のまえにひざをついて、死んだおとうさんの手にほおずりして、しょっぱい涙をとめどなくながしていました。そのうち、いつか目がくっついて、寝台のかたい脚にあたまをおしつけたなり、ぐっすり寝こんでしまいました。
 寝ているうちに、ヨハンネスは、ふしぎな夢をみました。お日さまとお月さまとがおりて来て*礼拝をするところをみました。それから、なくなったおとうさんが、またげんきで、たっしゃで、いつもほんとうにうれしいときするようなわらい声をきかせました。ながい、うつくしい髪の毛の上に、金のかんむりをかぶったうつくしいむすめが、ヨハンネスに手をさしのべました。するとおとうさんが「ごらん、なんといいおよめさんをおまえはもらったのだろう。これこそ世界じゅうふたりとないうつくしいひとだ。」といいました。おや、とおもうとたん、ヨハンネスは目がさめました。うつくしい夢はかげもかたちもなくて、おとうさんは死んで、つめたくなって、寝台にねていました。たれひとりそこにはいません。なんてかわいそうなヨハンネス。
*ヨセフまたひとつ夢をみてこれをその兄弟に述べていいけるは我また夢をみたるに日と月と十一の星われを拝せりと。(創世記三七ノ九)
 次の週に、死人はお墓の下にうまりました。ヨハンネスはぴったり棺かんにつきそって行きました。これなりもう、あれほどやさしくしてくださったおとうさんの顔をみることはできなくなるのです。棺の上にばらばら土のかたまりの落ちていく音を、ヨハンネスはききました。いよいよおしまいに、棺の片はしがちらっとみえました。そのせつな、ひとすくい土がかかると、それもふさがってしまいました。みているうち、いまにも胸がちぎれそうに、かなしみがこみあげて来ました。まわりでうたうさんび歌がいかにもうつくしくきこえました。きくうちヨハンネスは、目のなかに涙がわきだして来ました。で、泣きたいだけ泣くと、かえって心持がはっきりして来ました。お日さまが、みどりぶかい木立こだちの上に晴ればれとかがやいて、それは「ヨハンネス、そんなにかなしんでばかりいることはないよ。まあ、青青とうつくしい空をごらん。おまえのとうさんも、あの高い所にいて、どうかこのさきおまえがいつもしあわせでいられるよう、神さまにおねがいしているところなのだよ。」と、いっているようでした。「ああ、ぼく、あくまでいい人になろう。」と、ヨハンネスはいいました。「そうすれば、また天国でおとうさんにあうことになるし、あえたら、どんなにたのしいことだろう。そのときは、どんなにたくさん、話すことがあるだろう、そうして、おとうさんからも、ずいぶんいろいろのことをおしえてもらえるだろう。天国のりっぱな所もたくさんみせてもらえるだろう。それは生きているとき、地の上の話を、たんとおとうさんはしてくださったものだった。ああ、それはどんなにたのしいことになるだろうな。」
 ヨハンネスは、こうはっきりとじぶんにむかっていってみて、ついほほえましくなりました。そのそばから、涙はまたほほをつたわってながれました。あたまの上で小鳥たちが、とちの木の木立こだちのなかから、ぴいちくち、ぴいちくちさえずっていました。小鳥たちはおとむらいに来ていながら、こんなにたのしそうにしているのは、この死んだ人が、いまではたかい天国にのぼっていて、じぶんたちのよりももっとうつくしい、もっと大きいつばさがはえていることや、この世で心がけのよかったおかげで、あちらへいっても、神さまのおめぐみをうけて、いまではしあわせにくらしていることをよく知っているからでした。この小鳥たちが、緑ぶかい木立をはなれて、とおくの世界へとび立っていくところを、ヨハンネスはみおくって、じぶんもいっしょにとんでいきたくなりました。
 けれども、さしあたりまず、大きな木の十字架かを切って、それをおとうさんのお墓に立てなければなりません。さて、夕がた、それをもっていきますと、どうでしょう、お墓にはまあるく砂が盛ってあって、きれいな花でかざられていました。それはよその知らない人がしてくれたのです。なくなったおとうさんはいい人でしたから、ひとにもずいぶん好かれていました。
 さて、あくる日朝はやく、ヨハンネスは、わずかなものを包にまとめ、のこった財産の五十ターレルと二、三枚のシリング銀貨とを、しっかり腰につけました。これだけであてもなしに世の中へ出て行こうというのです。いよいよ出かけるまえ、まず墓地へいって、おとうさんのお墓におまいりして、主しゅのお祈をとなえてから、こういいました。
「おとうさん、さよなら。ぼくは、いつまでもいい人間でいたいとおもいます。ですから、神さまが、幸福にしてくださるように、たのんでください。」
 ヨハンネスがこれからでていこうという野には、のこらずの花があたたかなお日さまの光をあびて、いきいきと、美しい色に咲いていました。そうして、風のふくままに、それが、がってんがってんしていました。「みどりの国へよくいらっしゃいましたね、ここはずいぶんきれいでしょう。」といっているようでした。けれど、ヨハンネスは、もういちどふりかえって、ふるいお寺におなごりをおしみました。このお寺で、ヨハンネスはこどものとき洗礼をうけました。日曜日にはきまって、おとうさんにつれられていって、おつとめをしたり、さんび歌をうたったりしました。そのとき、ふと、たかい塔の窓の所に、お寺の*小魔こおにが、あかいとんがり頭巾をかぶって立っているのがみえました。小魔は目のなかに日がさしこむので、ひじをまげてひたいにかざしているところでした。ヨハンネスはかるくあたまをさげて、さよならのかわりにしました、小魔は赤い頭巾をふったり胸に手をあてたり、いくどもいくども、**投げキッスしてみせました。それは、ヨハンネスのためにかずかす幸福のあるように、とりわけ、たのしい旅のつづくようにいのってくれる、まごころのこもったものでした。
*家魔いえおに。善魔で矮魔こびとの一種。ニース(Nis)。人間の家のなかに住み、こどもの姿で顔は老人。ねずみ色の服に赤い先の尖った帽子をかぶる。お寺にはこの仲間が必ずひとりずついて塔の上に住み、鐘をたたいたりするという。
**じぶんの手にせっぷんしてみせて、はなれている相手にむかってその手をなげる形。
 ヨハンネスは、これから、大きなにぎやかな世間へでたら、どんなにたくさん、おもしろいことがみられるだろうとおもいました。それで、足にまかせて、どこまでも、これまでついぞ来たこともない遠くまで、ずんずんあるいて行きました。通っていく所の名も知りません。出あうひとの顔も知りません。まったくよその土地に来てしまっていました。
 はじめての晩は、野ッ原の、枯草を積んだ上にねなければなりませんでした。ほかに寝床といってはなかったのです。でも、それがとても寝ごこちがよくて、王さまだってこれほどけっこうな寝床にはお休みにはなるまいとおもいました。ひろい野中に小川がちょろちょろながれていて、枯草の山があって、あたまの上には青空がひろがっていて、なるほどりっぱな寝べやにちがいありません。赤い花、白い花があいだに点点てんてんと咲いているみどりの草原は、じゅうたんの敷物でした。にわとこのくさむらとのばらの垣が、おへやの花たばでした。洗面所のかわりには、小川が水晶すいしょうのようなきれいな水をながしてくれましたし、そこにはあしがこっくり、おじぎしながら、おやすみ、おはようをいってくれました。お月さまは、おそろしく大きなランプを、たかい青天井てんじょうの上で、かんかんともしてくださいましたが、この火がカーテンにもえつく気づかいはありません。これならヨハンネスもすっかり安心してねられます。それでぐっすり寝こんで、やっと目をさますと、お日さまはもうとうにのぼって、小鳥たちが、まわりで声をそろえてうたっていました。
「おはよう。おはよう。まだ起きないの。」
 お寺では、かんかん、鐘がなっていました。ちょうど日曜日でした。近所のひとたちが、お説教をききに、ぞろぞろでかけていきます。ヨハンネスも、そのあとからついていって、さんび歌のなかまにまじって、神さまのお言葉をききました。するうち、こどものとき、洗礼をうけたり、おとうさんにつれられて、さんび歌をいっしょにうたった、おなじみぶかいお寺に来ているようにおもいました。
 お寺のそとの墓地には、たくさんお墓がならんでいて、なかには高い草のなかにうずまっているものもありました。それをみると、ヨハンネスは、おとうさんのお墓も草むしりして、お花をあげるものがなければ、やがてこんなふうになるのだとおもいました。そこで、べったりすわって、草をぬいてやったり、よろけている十字架かをまっすぐにしてやったり、風でふきとんでいる花環はなわをもとのお墓の所へおいてやったりしました。そんなことをしながら、ヨハンネスはかんがえました。
「たぶん、おとうさんのお墓にも、たれかが、おなじことをしておいてくれるでしょう、ぼくにできないかわりに。」
 墓地の門そとに、ひとり、年よりのこじきがいて、よぼよぼ、松葉づえにすがっていました。ヨハンネスは、もっていたシリング銀貨をやってしまいました。それですっかりたのしくなり、げんきになって、またひろい世の中へでていきました。[#「。」は底本では欠落]
 夕方、たいへんいやなお天気になりました。どこか宿をさがそうとおもっていそぐうち、夜になりました。でもどうやら、小山の上にぽっつり立っているちいさなお寺にたどりつきました。しあわせと、おもての戸があいていたので、そっとそこからはいりました。そうして、あらしのやむまでそこにいることにしました。
「どこかすみっこにかけさせてもらおう。」と、ヨハンネスはいって、なかにはいっていきました。
「なにしろひどくくたびれている、すこし休まずにはいられない。」
 こういって、ヨハンネスはそこにどたんとすわって、両手をくみあわせて、晩のお祈をいいました。こうして、いつか知らないまに寝込んで、夢をみていました。そのあいだに、そとでは、かみなりがなったり、いなづまが走ったりしていました。
 やっと目がさめてみると、もう真夜中まよなかで、あらしはとうにやんで、お月さまが、窓からかんかん、ヨハンネスのねている所までさし込んでいました。ふとみると、本堂のまんなかに、死んだ人を入れた棺かんが、ふたをあけたまま置いてありました。まだお葬式がすんでいなかったのです。ヨハンネスは正しい心の子でしたから、ちっとも死人をこわいとはおもいません。それに死人がなにもわるいことをするはずのないことはよくわかっていました。生きているわるいひとたちこそよくないことをするのです。ところへ、ちょうど、そういう生きているわるい人間のなかまがふたり、死人のすぐわきに来て立ちました。この死人はまだ埋葬まいそうがすまないので、お寺にあずけておいてあったのです。それをそっと棺のなかに休ませておこうとはしずに、お寺のそとへほうりだしてやろうという、よくないたくらみをしに来たのです。死んだ人を、きのどくなことですよ。
「なんだって、そんなことをするのです。」と、ヨハンネスは声をかけました。「ひどい、わるいことです。エスさまのお名にかけて、どうぞそっとしてあげておいてください。」
「くそ、よけいなことをいうない。」と、そのふたりの男はこわい顔をしました。「こいつはおれたちをいっぱいはめたんだ。おれたちから金かねを借りて、かえさないまま、こんどはおまけにおッ死んでしまやがったんだ。おかげで、おれたちの手には、びた一文かえりやしない。だからかたきをとってやるのだ。寺のそとへ、犬ッころのようにほうりだしてやるのだ。」[#「」」は底本では欠落]
「ぼく、五十ターレル、お金があります。」と、ヨハンネスはいいました、「これがもらったありったけの財産ですが、そっくりあなた方に上げましょう。そのかわり、けっしてそのかわいそうな死人のひとをいじめないと、はっきり約束してください。なあに、お金なんかなくってもかまわない。ぼくは手足はたっしゃでつよい、それにしじゅう神さまが守っていてくださるとおもうから。」
「そうか。」と、そのにくらしい男どもはいいました。「きさま、ほんとうにその金かねをはらうなら、おれたちもけっして手だしはしないさ、安心しているがいい。」
 こういって、ふたりは、ヨハンネスのだしたお金をうけとって、この子のお人よしなのを大わらいにわらったのち、どこかへ出て行きました。でも、ヨハンネスは死人を、またちゃんと棺かんのなかへおさめてやって、両手を組ませてやりました。さて、さよならをいうと、こんどもすっかりあかるい、いい心持になって、大きな森のなかへはいっていきました。
 森のなかをあるきながらみまわすと、月あかりが木立をすけてちらちらしているなかに、かわいらしい妖女ようじょたちのおもしろそうにあそんでいるのが目にはいりました。妖女たちはへいきでいました。それは、いま方はいって来たヨハンネスが、やさしい、いい人間だということをよく知っているからでした。わるい人間だけには、妖女のすがたがみたくとも見えないのです。まあ、かわいらしいといって、ほんとうに、指だけのせいもない妖女もいましたが、それぞれながい金いろの髪の毛を、金のくしですいていました。ふたりずつ組になって、木の葉や、たかい草の上にむすんだ大きな露の玉の上でぎったんばったんしていました。ときどきこの露の玉がころがりだすと、のっているふたりもいっしょにころげて、ながい草のじくのあいだでとまります。すると、ほかのちいさいなかまに、わらい声とときの声がおこりました。それはずいぶんおもしろいことでした、そのうち、みんな歌をうたいだしましたが、きいているうち、ヨハンネスは、こどものじぶんおぼえた歌を、はっきりおもいだしました。銀のかんむりをあたまにのせた大きなまだらぐもが、こちらの垣からむこうの垣へ、ながいつり橋や御殿を網で張りわたすことになりました。さて、そのうえにきれいな露がおちると、あかるいお月さまの光のなかでガラスのようにきらきらしました。こんなことがそれからそれとつづいているうち、お日さまがおのぼりになりました。すると、妖女たちは、花のつぼみのなかにはい込みました。朝の風が、つり橋やお城をつかむと、それなり大きなくもの網になって、空の上にとびました。
 さて、ヨハンネスがいよいよ森を出ぬけようとしたとき、しっかりした男の声で、うしろからよびとめるものがありました。
「もしもし、ご同行どうぎょう、どこまで旅をしなさる。」
「あてもなくひろい世間へ。」と、ヨハンネスはいいました。「父親もなし、母親もなし、たよりのないわかものです。でも神さまは、きっと守ってくださるでしょう。」
「わたしも、あてもなく世間へでていくところだ。」と、その知らないひとはいいました。「ひとつ、ふたりでなかまになりましょうか。」
「ええ、そうしましょう。」と、ヨハンネスもいいました。そこで、ふたりは、いっしょに出かけました。じき、ふたりは仲よしになりました。なぜといって、ふたりともいい人たちだったからです。ただ、ヨハンネスは、この知らない道づれが、じぶんよりもはるかはるかかしこい人だということに、気がつきました。この人は世界じゅうたいていあるいていて、なんだって話せないことはないくらいでした。
 お日さまが、もうすいぶんたかくのぼったので、ふたりは大きな木の下に腰をおろして、朝の食事にかかかりました。そこへ、ひとりのおばあさんがあるいて来ました。いやはや、ずいぶんなおばあさん[#「おばあさん」は底本では「おばさん」]、まるではうように腰をまげてあるいて、やっとしゅもくづえにすがっていました。それでも、森でひろいあつめたたきぎをひとたば、せなかにのせていました。前掛が胸でからげてあって、ヨハンネスがふとみると*しだの木のじくにやなぎの枝をはめた大きいむちが三本、そこからとびだしていました。で、ふたりのいるまえをよろよろするうち、片足すべらしてころぶとたん、きゃあとたかい声をたてました。きのどくに、このおばあさん、足をくじいたのですね。
*しだの木は魔法の木。しだの木のむちに、やなぎの枝の柄をはめる。
 ヨハンネスはそのとき、ふたりでおばあさんをかかえて、住居すまいまでおくっていってやろうといいました。道づれの知らない人は、はいのうをあけて、小箱をだして、いや、このなかにこうやくがはいっている、これをつければ、すぐと足のきずがなおって、もとどおりになるから、ひとりでうちへかえれて、足をくじいたことなぞないようになるといいました。そして、そのかわりに、といっても、なあに、その前掛にくるんでいる三本のむちをもらうだけでいいのだがね、といいました。
「とんだ高い薬代やくだいだの。」と、おばあさんはいって、なぜかみょうに、あたまをふりました。
 それで、なかなか、このむちを手ばなしたがらないようすでしたが、くじいた足のままそこにたおれていることも、ずいぶんらくではないので、とうとう、むちをゆずることになりました。そのかわり、ほんのちょっぴりくすりをなすったばかりで、このおばあさん、すぐぴんと足が立って、まえよりもたっしゃに、しゃんしゃんあるいていきました。これはまさしく、このこうやくのききめでした。でも、それだけに、薬屋などでめったに手にはいるものではありません。
「そんなむちみたいなもの、なんにするんです。」と、ヨハンネスは、そこで旅なかまにたずねました。
「どうして、三本ともけっこうな草ぼうきさ。」と、相手はいいました。「こんなものをほしがるのは、わたしもとんだかわりものさね。」
 さて、それからまた、しばらくの道のりを行きました。
「やあ、いけない、空がくもって来ますよ。」と、ヨハンネスはいいました。「ほら、むくむく、きみのわるい雲がでて来ましたよ。」
「いんや。」と、旅なかまはいいました。「あれは雲ではない。山さ。どうしてりっぱな大山さ。のぼると雲よりもたかくなって、澄んだ空気のなかに立つことになる。そこへいくと、どんなにすばらしいか。あしたは、もうずいぶんとおい世界に行っていることになるよ。」
 でも、そこまでは、こちらでながめたほど近くはありませんでした。まる一日たっぷりあるいて、やっと山のふもとにつきました。見あげると、まっくろな森が空にむかってつっ立っていて、町ほどもありそうな大きな岩がならんでいました。それへのぼろうというのは、どうしてひととおりやふたとおり骨の折れるしごとではなさそうです。そこで、ヨハンネスと旅なかまは、ひと晩、ふもとの宿屋にとまって、ゆっくり休んで、あしたの山のぼりのげんきをやしなうことにしました。
 さて、その宿屋の下のへやの、大きな酒場さかばには、おおぜい人があつまっていました。人形芝居をもって旅まわりしている男が来て、ちょうどそこへ小さい舞台をしかけたところでした。みんなはそれをとりまいて、幕のあくのを待つさいちゅうでした。ところで、いちばんまえの席は、ふとった肉屋のおやじが、ひとりでせんりょうしていましたが、それがまた最上の席でもあったでしょう。しかも大きなブルドッグが、それがまあなんとにくらしい、くいつきそうな顔をしていたでしょう。そやつが主人のわきに座をかまえて、いっぱし人間なみに、大きな目をひからしていました。
 そのうち、芝居がはじまりましたが、それは王さまと女王さまの出てくる、なかなかおもしろい喜劇でした。ふたりの陛下は、びろうどの玉座に腰をかけて、どうしてなかなかの衣裳いしょうもちでしたから、金のかんむりをかぶって、ながいすそを着物のうしろにひいていました。ガラスの目玉をはめて、大きなうわひげをはやした、それはかわいらしいでくのぼうが、どの戸口にも立っていて、しめたり、あけたり、おへやのなかにすずしい風のはいるようにしていました。どうもなかなかおもしろい喜劇で、いい気ばらしになりました。そのうち、人形の女王さまは立ち上がって、ゆかの上をそろそろあるきだしました。そのときまあ、れいのブルドッグが、いったい、なんとおもったのでしょうか、それをまた主人がおさえもしなかったものですから、いきなり、舞台にとびだして来て、おやというまもなく、女王さまのかぼそい腰をぱっくりかみました。とたん、「がりッがりッ」という音がきこえました。いやはや、おそろしいことでした。
 かわいそうに、人形つかいの男はすっかりしょげて、女王さまの人形をかかえて、おろおろしていました。それは一座のなかでも、いちばんきりょうよしの人形でしたのに、にくにくしいブルドッグのために、あたまをかみきられてしまったのですからね。けれども、みんな見物が散ってしまったあと、ヨハンネスといっしょにみに来ていた旅なかまが、こんども、そのきずをなおしてやろうといいだしました。そこで、れいの小箱をあけて、おばあさんのくじいた足を立たせてやったあのこうやくを、人形にぬってやりました。人形は、こうやくをぬってもらうと、さっそくきずがきれいになおって、おまけに、じぶんで手足までたっしやにうごかせるようになりました。もう糸であやつることもいらなくなりました。人形はまるで、生きた人のようでした。ただ口がきけないだけです。人形芝居の親方は、どんなによろこんだでしょう。人形つかいがつかわないでも、この人形は勝手にじぶんでおどれるのです。これは、ほかの人形にまねのならないことでした。
 夜中よなかになって、宿屋にいた人たちがのこらず寝しずまろうというとき、どこかでしくしくすすり泣く声がして、いつまでもやまないものですから、みんな気にして起きあがって、いったい、たれが泣いているのか見ようとしました。それがどうも人形芝居の舞台のほうらしいので、親方がすぐ行ってみますと、でくのぼうは、王さまはじめのこらずの近衛兵このえへいがかさなりあって、そこにころがっていました。いまし方かなしそうにしくしくやっていたのは、このガラス目だまをきょとんとさせている人形なかまであったのです。それは、女王さまとおなじように、ちよっぴり、こうやくをぬってもらって、じぶんで勝手にうごけるようになりたいというのです。すると、女王さまもそばで、べったりひざをついて、そのりっぱな金かんむりをたかくささげながら「どうぞ、わたくしからこのかんむりをおとりあげください、そのかわり、夫にも、家来たちにも、どうぞお薬をぬっていただけますように。」といのりました。そうきいて、この人形芝居の親方は、きのどくに、人形たちが、ふびんでふびんでついいっしょに泣きだしました。親方はそこで、旅なかまにたのんで、あすの晩の興行こうぎょうのあがりをのこらずさしあげます。どうぞ、せめて四つでも五つでも、なかできりょうよしな人形にだけでも、こうやくを塗ってやってはもらえますまいかと、くれぐれたのみました。ところで、旅なかまは、ほかのものは一切いっさいいらない、わたしのほしいのは、そのおまえさんの腰につるしている剱だけだといいました。そうして、剱を手に入れると、六つの人形のこらずにこうやくをぬってやりました。すると人形たちは、さっそくおどりだしました。しかもその踊のうまいこと、そこにみていたむすめたちが、生きている人間のむすめたちのこらずが、すぐといっしょにおどりださずにはいられないくらいでした。するうち、御者と料理番のむすめも、つながっておどりだしました。給仕人もへや女中も、おどりだしました。お客たちも、いっしょにおどりだしました。とうとう十能じゅうのうと火ばしまでが、組になっておどりだしました。でも、このひと組は、はじめひとはねはねると、すぐところんでしまいました。いやもう、ひと晩じゅう、にぎやかで、たのしかったことといったら。
 つぎの朝、ヨハンネスは旅なかまとつれ立って、みんなからわかれて行きました。高い山にかかって、大きなもみの林を通っていきました。山道をずんずんのぼるうちに、いつかお寺の塔が、ずっと目のしたになって、おしまいにはそれが、いちめんみどりのなかにぽっつりとただひとつ、赤いいちごの実をおいたようにみえました。もうなん里もなん里もさきの、ついいったことの[#「ことの」は底本では「ことのの」]ない遠方までがみはらせました。――このすばらしい世界に、こんなにもいろいろとうつくしいものを、いちどに見るなんということを、ヨハンネスは、これまでに知りませんでした。お日さまは、さわやかに晴れた青空の上からあたたかく照りかがやいて、峰と峰とのあいだから、りょうしの吹く角笛つのぶえが、いかにもおもしろく、たのしくきこえました。きいているうちにもう、うれし涙が目のなかにあふれだしてくると、ヨハンネスは、おもわずさけばずにはいられませんでした。
「おお、ありがたい神さま、こんないいことをわたしたちにしてくださって、この世界にあるかぎりのすばらしいものを、惜しまずみせてくださいますあなたに、まごころのせっぷんをささげさせてください。」
 旅なかまも、やはり、手を組んだまま、そこに立って、あたたかなお日さまの光をあびているふもとの森や町をながめました。ちょうどそのときふと、あたまの上で、なんともめずらしく、かわいらしい声がしました。ふたりがあおむいてみると、大きいまっ白なはくちょうが一羽、空の上に舞っていました。そのうたう声はいかにもうつくしくて、ほかの鳥のうたうのとまるでちがっていました。でも、その歌が、だんだんによわって来たとき、鳥はがっくりうなだれました。そうして、それは、ごくものしずかに、ふたりの足もとに落ちて来ました。このうつくしい鳥は死んで、そこに横たわっているのです。
「こりゃあ、そろってみごとなつばさだ。」と、旅なかまはいいました。「どうだ、このまっ白で大きいこと、この鳥のつばさぐらいになると、ずいぶんの金高かねだかだ、これは、わたしがもらっておこう。みたまえ、剱をもらって来て、いいことをしたろうがね。」
 こういって、旅なかまは、ただひとうち、死んだはくちょうのつばさを切りおとして、それをじぶんのものにしました。
 さて、ふたりは山を越えて、またむこうへなん里もなん里も旅をつづけていくうちに、とうとう、大きな町のみえる所に来ました。その町にはなん百とない塔がならんで、お日さまの光のなかで、銀のようにきらきらしていました。町のまんなかには、りっぱな大理石のお城があって、赤い金で屋根が葺ふけていました。これが王さまのお住居すまいでした。
 ヨハンネスと旅なかまとは、すぐ町にはいろうとはしないで、町の入口で宿をとりました。ここで旅のあかをおとしておいて、さっぱりしたようすになって、町の往来をあるこうというのです。宿屋のていしゅの話では、王さまという人は、心のやさしい、それはいいひとで、ついぞ人民に非道ひどうをはたらいたことはありません。ところがその王さまのむすめというのが、やれやれ、なさけないことにひどいわるもののお姫さまだというのです。きりょうがすばらしくよくて、世にはこんなにもしとやかな人があるものかとおもうほどですが、それがなんになるでしょう、このお姫さまがいけない魔法つかいで、もうそのおかげで、なんどとなくりっぱな王子が、いのちをなくしました。――それはたれでもお姫さまに結婚を申しこむおゆるしが出ていて、それは王子であろうとこじきであろうと、たれでもかまわない、というのですが、そのかわり、お姫さまのおもっている三つのことをたずねられたら、それをそっくりあてなければならないのです。そのかわり、あたればお姫さまをおよめにして、おとうさまの王さまのおかくれになったあとでは、[#「、」は底本では「。」]けっこうこの国の王さまにもなれる。けれどもその三つともあたらなければ、首をしめられるか、切られるかしなければなりません。このうつくしいお姫さまが、こんなにもひどい、わるものなのでした。おとうさまの老王さまも、そのことでは、ずいぶんつらがっておいでなのですが、そんなむごたらしいことをするなととめるわけにいかないというのは、いつかお姫さまのむこえらみについては、けっして口だししないといいだされたため、お姫さまはなんでもじぶんのしたいままにしてよいことになっているからです。それで、あとから、あとから、ほうぼうの国の王子が代る代るやつて来て、なぞをときそこなっては、首をしめられたり、切られたりしました。そのくせ、まえもっていいきかされていることですから、なにも申込をしなければいいのですが、やはりお姫さまをおよめにたれもしたがりました。お年よりの王さまは、かさねがさねこういうかなしい不幸なことのおこるのを、心ぐるしくおもって、年に一日、日をきめて、のこらずの兵隊をあつめて、ともども神さまのまえにひれ伏して、どうか王女が善心にかえるようにとせつないおいのり[#「おいのり」は底本では「おのり」]をなさるのですが、をなさるのですが、お姫さまはどうしてもそれをあらためようとはしないのです。この町で年よりの女たちが、ブランデイをのむにも、黒くしてのむのは、それほどかなしがっている心のしょうこをみせるつもりでしょう。まあ、そんなことよりほかにしょうがないのですよ。
「いやな王女だなあ。」と、ヨハンネスはいいました。「そんなのこそ、ほんとうにむちでもくらわしたら、ちっとはよくなるかもしれない。わたしがそのお年よりの王さまだったら、とうにひどくこらしめてやるところなのに。」
 そのとき、そとで、町の人たちが、万歳万歳とさけぶ声がしました。ちようど王女のお通りなのです。なるほど、王女はじつに目のさめるようなうつくしさで、このお姫さまがわるい人間だということをわすれさせるほどでしたから、ついたれも万歳をさけばずにはいられなかったのです。十二人のきれいな少女がおそろいの白絹の服で、手に手に金のチューリップをささげてもち、まっ黒な馬にのって、両わきにしたがいました。王女ご自身は、雪とみまがうような白馬はくばに、ダイヤモンドとルビイのかざりをつけてのっていました。お召の乗馬服は、純金の糸を織ったものでした、手にもったむちは、お日さまの光のようにきらきらしました。あたまにのせた金のかんむりは、大空のちいさな星をちりばめたようですし、そのマントはなん千とないちょちょうのはねをあつめて、縫いあわせたものでした。そのくせ、そんなにしてかざり立てたのこらずの衣裳いしょうも、王女みずからのうつくしさにはおよびませんでした。
 ヨハンネスは、王女をみたせつな、顔いちめんかっと赤くほてって、ただひとしずくの血のしたたりのようになりました。もうひと言もものがいえなくなりました。まあ、この王女は、おとうさんのなくなった晩、ヨハンネスが夢でみた、あの金のかんむりのうつくしいむすめにそっくりなのです。あんまりうつくしいので、いやおうなしに、いきなり大好きにさせられてしまいました。この人が、じぶんのかけたなぞが、そのとおりにとけないといって、ひとの首をしめたり、きらせたりするわるい魔法つかいの女だなんて、そんなはずがあるものか。「たれでも、それは、この上ないみじめなこじきでも、お姫さまに結婚を申し込むことはかまわないということだ。よし、ぼくもお城へでかけよう。
「どうしたっていかずにはいられないもの。」
 ところでみんなは、口をそろえて、そんなまねはしないがいい、ほかのものと同様、うきめをみるにきまっているといいました。
 旅なかまも、やはり、おもいとまるようにいいきかせました。でも、ヨハンネスは、大じょうぶ、うまくやってみせますといって、くつと上着のちりをはらって、顔と手足をあらって、みごとな金髪きんぱつにくしを入れました。それからひとりで町へでていって、お城の門まで来ました。
「おはいり。」ヨハンネスが戸をたたくと、なかで、お年よりの王さまがおこたえになりました。――ヨハンネスがあけてはいると、ゆったりした朝着のすがたに、縫いとりした上ぐつをはいた王さまが、出ておいでになりました。王冠をあたまにのせて、王しゃくを片手にもって、王さまのしるしの地球儀の珠たまを、もうひとつの手にのせていました。
挿絵
「ちょっとお待ちよ。」と、王さまはいって、ヨハンネスに手をおだしになるために、珠を小わきにおかかえになりました。ところが、結婚申込に来た客だとわかると、王さまはさっそく泣きだして、しゃくも珠も、ゆかの上にころがしたなり、朝着のそでで、涙をおふきになるしまつでした。おきのどくな老王さま。
「それは、およし。」と、王さまはおっしゃいました。「「ほかの[#「ほかの」は底本では「ほのか」]もの同様、いいことはないよ。では、おまえにみせるものがある。」
 そこで、王さまは、ヨハンネスを、王女の遊園ゆうえんにつれていきました。なるほどすごい有様です。どの木にもどの木にも、三人、四人と、よその国の王さまのむすこたちが、ころされてぶら下がっていました。王女に結婚を申し込んで、もちだしたなぞをいいあてることができなかった人たちです。風がふくたんびに、死人の骨がからから鳴りました。それを、小鳥たちもこわがって、この遊園ゆうえんには寄りつきません。花という花は、人間の骨にいわいつけてありました。植木ばちには、人間のしゃりッ骨が、うらめしそうに歯をむきだしていました。まったく、これが王さまのお姫さまの遊園とはうけとれない、ふうがわりのものでした。
「ほらね、このとおりだ。」お年よりの王さまは、おっしゃいました。「いずれおまえも、ここにならんでいる人たちとそっくりおなじ身の上になるのだから、これだけはどうかやめておくれ。わたしになさけないおもいをさせないでおくれ。わしは心ぐるしくてならないのだからな。」
 ヨハンネスは、この心のいいお年よりの王さまのお手にせっぷんしました。そうして、わたくしはうつくしいお姫さまを心のそこからしたっています。きっと、うまくいくつもりですといいました。
 そういっているとき、当のお姫さまが、侍女じじょたちのこらず引きつれて、馬にのったまま、お城の中庭へのり込んで来ました。そこで、王さまも、ヨハンネスもそこへいってあいさつしました。お姫さまはそれこそあでやかに、ヨハンネスに手をさし出しました。それで、よけい好きになりました。世間の人たちがうわさするように、このひとがそんなわるい魔法つかいの女なぞであるわけがありません。それから、みんなそろって広間へあがると、かわいいお小姓こしょうたちが、くだもののお砂糖漬だの、くるみのこしょう入りのお菓子だのをだしました。でも、王さまはかなしくて、なんにもお口に入れるどころではなく、それに、くるみのこしょう入お菓子はかたくて、お年よりには歯が立ちませんでした。
 さて、ヨハンネスは、そのあくる日、またあらためてお城へくることになりました。そこに審判官しんぱんかんと評定官ひょうじょうかんのこらずがあつまって、問答もんどうをきくことになっていました。はじめの日うまく通れば、そのあくる日また来られます。でも、これまでは、もう最初の日からうまくいったためしがないのです。そうなれば、いやでもいのちひとつふいにしなくてはなりません。
 ヨハンネスは、いったいどうなるかなんのという心配はしません。ただもううきうきと、うつくしいお姫さまのことばかりかんがえていました。そうしておめぐみぶかい神さまが、きっとたすけてくださるとかたく信じていました。ではどういうふうにといっても、それはわかりません。そんなことはかんがえないほうがいいとおもっていました。そこで、宿へかえる道道も、往来をおどりおどりくると、旅なかまが待ちかまえていました。
 ヨハンネスは、王女がやさしくもてなしてくれたこと、いかにもうつくしいひとだということ、それからそれととめどなく話しました。あしたはいよいよお城へでかけて、みごとになぞをいいあてて、運だめしをするのだといって、もうそればかり待ちこがれていました。
 けれども、旅なかまは、かぶりをふって、うかない顔をしていました。
「わたしは、とてもきみを好いているのだ。」と、旅なかまはいいました。「だから、おたがいこれからもながくいっしょにいたいとおもうのに、これなりおわかれにならなくてはならない。ヨハンネス、きみはきのどくなひとだよ。わたしは泣きたくてならないが、こうしているのも今夜かぎりだろうから、せっかくのきみのたのしみをさまたげるでもない。愉快にしていようよ。大いに愉快にね。泣くことなら、あす、きみのでていったあとで、存分ぞんぶんに泣けるからな。」
 お姫さまのところへ、あたらしい結婚の申し込み手がやって来たことを、もうさっそく町じゅうの人たちが知っていました。それで、たれも大きなかなしみにおそわれました。芝居は木戸をしめたままです。お菓子屋さんたちは申しあわせたように、小ぶたのお砂糖人形を黒い、喪ものリボンで巻きました。王さまは、お寺で坊さんたちにまじって、神さまにお祈をささげました。どこもかしこもしめっぽいことでした。それはどうせ、ヨハンネスだけに、これまでのひとたちとちがったいい目が出ようとは、たれにもおもえなかったからでした。
 その夕方、旅なかまは、大きなはちにいっぱい、くだもののお酒のポンスをこしらえて来て、それでは大いに愉快にやって、ひとつ王女殿下の健康をいわって乾杯かんぱいしようといいました。ところが、ヨハンネスは、コップに二はいのむと、もうすっかりねむくなって、目をあけていることができなくなり、そのままぐっすり寝込んでしまいました。旅なかまは、ヨハンネスをそっといすからだき上げて寝床に入れました。夜がふけて、そとはまっくらやみになりました。旅なかまは、れいのはくちょうから切りとった二枚の大きなつばさを、しっかりと、肩にいわいつけました。そうして、あのころんで足をくじいたおばあさんからもらった三本のむちのなかの、いちばんながいのをかくしにつっこむと、窓をあけて、町の丘から、お城のほうへ、ひらひらとんでいきました。それから王女の寝べやの窓下に来て、そっと片すみにしのんでいました。
 町はひっそりしていました。ちょうど時計は十二時十五分まえをうったところです。ふと窓があいたとおもうと、王女はながい白マントの上に、まっ黒なつばさをつけて、ひらりと舞い上がりました。町の空をつっきって、むこうの大きな山のほうへとんでいきました。ところで、旅なかまは、王女に気づかれないように、からだをみえなくしておいて、そのあとを追いながら、王女をむちでうちました。うたれるそばから、ひどく血がでました。ほほう、たいへんな空の旅があったものですね。風が王女のマントを、それこそ大きな舟の帆のように、いっぱいにふくらませて行く上から、ほんのりとお月さまの光がすけてみえました。
「おお、ひどいあられだ、ひどいあられだ。」
 王女は、むちのあたるたんびにこういいました。なに、ぶたれるのはあたりまえです。それでもやっと山まで来て、とんとん戸をたたきましたとたんに、ごろごろひどいかみなりの音がして、山はぱっくり口をあきました。王女はなかへはいりました。旅なかまもつづいてはいりました。でも、姿がみえなくしてあるので、たれも気がつきません。ふたりがながい廊下ろうかをとおっていくと、両側の壁が奇妙にきらきら光りました。それは、なん千とない火ぐもが、壁の上をぐるぐるかけまわって、火花のように光るためでした。それから、金と銀でつくってある大広間にはいりました。そこには、ひまわりぐらい大きい赤と青の花が、壁できらきらしていました。でもその花をつむことはできません。というのは、その花のじくがきみのわるい毒へびで、花というのも、その大きな口からはきだすほのおだからです。天井てんじょうには、いちめん、ほたるが光っているし、空いろのこうもりが、うすいつばさをばたばたさせていました。じつになんともいえないかわったありさまでした。ゆかのまん中に、王さまのすわるいすがひとつすえてあって、これを四頭の馬のがい骨が背中にのせていました。その馬具はまっ赤な火ぐもでした。さて、そのいすは、乳いろしたガラスで、座ぶとんというのも、ちいさな黒ねずみがかたまって、しっぽをかみあっているものでした。いすの上に、ばらいろのくもの巣でおった天蓋てんがいがつるしてあって、それにとてもきれいなみどり色したかわいいはえが、宝石をちりばめたようにのっていました。ところで、王冠をかぶって、王しゃくをかまえて、にくらしい顔で、王さまのいすにじいさんの魔法つかいが、むんずと座をかまえていました。魔法つかいはそのとき、王女のひたいにせっぷんすると、すぐわきのりっぱないすにかけさせました。やがて音楽がはじまりました。大きな黒こおろぎが、ハーモニカをふいて、ふくろうが太鼓のかわりに、はねでおなかをたたきました。それは、とぼけた音楽でした。かわいらしい、豆粒のような小鬼どもは、ずきんに鬼火をつけて、広間のなかをおどりまわりました。こんなにみんないても、たれにも旅なかまの姿はみえませんでしたから、そっと王さまのいすのうしろに立ってて、なにもかもみたりきいたりしました。さて、そこへひとかど、もったいらしく気どって、魔法御殿のお役人や女官たちが、しゃなりしゃなり出て来ました。でも正しくもののみえる目でみますと、すぐとばけの皮があらわれました。それはほうきの柄にキャベツのがん首をすげたばけもので、それが縫いとりした衣裳いしょうを着せてもらって、魔法つかいの魔法で、息を吹き込んでもらって、動いているだけでした。どのみち、こけおどかしにしていたことで、なにがどうだってかまったことはありません。
 しばらくダンスがあったあとで、王女は魔法つかいに、あたらしく、結婚の申し込み手の来たことを話しました。それで、あしたの朝お城へやってくるが、相手をためすには、なにを心におもっていることにしようか、相談をかけました。
「よろしい、おききなさいよ。」と、魔法つかいはいいました。「まあ、なんでもごくたやすいことをかんがえるのさ。すると、かえって、わからないものだ。そう、じぶんのくつのことでもかんがえるのだなあ。それならまずあたるまい。それで首をきらせてしまう。ところで、あすの晩くるとき、その男の目だまをもってくることを、わすれないようにな。久しぶりでたべたいから。」
 王女は、ていねいにあたまをさげて、目だまはわすれずにもって来ますといいました。魔法つかいが山をあけてやりますと、王女はお城へとんでかえりました。でも、旅なかまはどこまでもあとについていって、したたかむちでぶちました。王女は、あられがひどい、ひどいとこぼし、こぼし、一生けんめいにげて、やっと寝べやの窓から、なかへはいりました。旅なかまも、それなり宿のほうへとんでかえっていきますと、ヨハンネスは、まだねむったままでしたから、そっとつばさをぬいで、じぶんも床にはいりました。なにしろ、ずいぶんつかれていたでしょうからね。
 さて、あくる日まだくらいうちから、ヨハンネスは目をさましました。旅なかまもいっしょに起きて、じつにゆうべはふしぎで、お姫さまと、それからお姫さまのくつの夢をみたという話をして、だから、ためしに、お姫さま、あなたはごじぶんのくつことをおもって、それをきこうとなさるのでしょうといってごらん、といいました、これは、山で魔法つかいのいったことばを、そっくりきいていっているだけなのですが、そんなことはおくびにもださず、ただ、王女がじぶんのくつのことをかんがえていやしないか、きいてみよとだけいったのです。
「ぼくにしてみれば、なにをどうこたえるのもおなじです。」と、ヨハンネスはいいました。「たぶんあなたが夢でごらんになったとおりでしょう。それはいつだって、やさしい神さまが、守っていてくださるとおもって、安心しているのですからね。けれど、おわかれのごあいさつだけはしておきましょうよ。答をまちがえれば、もう、二どとおめにかかれないんですから。」
 そこで、ふたりはせっぷんしあいました。やがて、ヨハンネスは、町へでて、お城にはいって行きました。大広間には、もういっぱい人があつまっていました。審判官しんぱんかんはよりかかりのあるいすに、からだをうずめて、ふんわりと鳥のわた毛を入れたまくらを、あたまにかっていました。なにしろこのひとたちは、たくさんにものをかんがえなくてはならないのでしてね。そのとき、お年よりの王さまは立ち上がって、白いハンカチを目におあてになりました。するうち、お姫さまがはいって来ました。きのうみたよりまた一だん立ちまさってうつくしく、一同にむかって、にこやかにあいさつしました。でも、ヨハンネスには、わざわざ手をさしのべて、「あら、おはようございます。」といいました。
 さて、ヨハンネスがいよいよ、お姫さまのかんがえていることをあてるだんになりました。まあ、そのとき、お姫さまは、なんという人なつこい目で、ヨハンネスをみたことでしょう。ところが、ヨハンネスの口から、ただひとこと「くつ」とでたとき、お姫さまの顔はさっとかわって、白墨はくぼくように白くなりました。そうして、からだじゅう、がたがたふるえていました。けれどもう、どうにもなりません。みごと、ヨハンネスはいいあてたのですもの。
 ほほう、ほほう。お年よりの王さまは、どんなにうれしかったでしょう。あんまりうれしいので、みごとなとんぼをひとつ、王さまはきっておみせになりました。すると、みんなもうれしがって手をたたいて、王さまと、それから、はじめてみごとにいいあてたヨハンネスを、はやし立てました。
 旅なかまも、まずうまくいったときいて、ほっとしました。ヨハンネスは、でも、手をあわせて、神さまにお礼をいいました。そして、神さまは、あとの二どもきっと守ってくださるにちがいないとおもいました。さて、あくる日もつづいてためされることになっていました。
 その晩も、ゆうべのようにすぎました。ヨハンネスがねむっているあいだに、旅なかまは、王女のあとについて、山までとぶ道道、こんどはむちも二本もちだして来て、まえよりもひどく王女をぶちました。旅なかまはたれにも見られないで、なにもかも耳に入れて来ました。王女は、あしたは手袋のことをかんがえるはずでしたから、そのとおりをまた、夢にみたようにして、ヨハンネスに話しました。ヨハンネスはこんどもまちがいなくいいあてたので、お城のなかはよろこびの声があふれました。王さまがはじめしておみせになったように、こんどは御殿じゅうが、そろってとんぼをきりました。そのなかで王女は、ソファに横になったなり、ただひとことも物をいいませんでした。さて、こうなると、三どめも、みごとヨハンネスにいいあてられるかどうか、なにごともそれしだいということになりました。それさえうまくいけば、うつくしいお姫さまをいただいた上、お年よりの王さまのおなくなりなったあとは、そっくり王国をゆずられることになるのです。そのかわり、やりそこなうと、いのちをとられたうえ、魔法つかいが、きれいな青い目だまをぺろりとたべてしまうでしょう。
 その晩も、ヨハンネスは、はやくから寝床にはいって、晩のお祈をあげて、それですっかり安心してねむりました。ところが、旅なかまは、ねむるどころではありません。れいのつばさをせなかにいわいつけて、剱を腰につるして、むちも三本ともからだにつけて、それから、お城へとんでいきました。
 そとは、目も鼻もわからないやみ夜でした。おまけにひどいあらしで、屋根の石かわらはけしとぶし、女王の遊園ゆうえんのがい骨のぶら下がっている木も、風であしのようにくなくなにまがりました。もうしきりなし稲光いなびかりがして、かみなりがごろごろ、ひと晩じゅうやめないつもりらしく、鳴りつづけました。やがて、窓がぱあっとあいて、王女は、とびだしました。その顔は「死」のように青ざめていましたが、このひどいお天気を、それでもまだ荒れかたが足りないといいたそうにしていました。王女の白マントは風にあおられて、空のなかを舞いながら、大きな舟の帆のように、くるりくるりまくれ上がりました。ところで、旅なかまは、れいの三本のむちで、びしびしと、それこそ地びたにぽたりぽたり、血のしずくがしたたりおちるほどぶちましたから、もうあぶなく途中でとべなくなるところでした。でもどうにかこうにか、山までたどりつきました。
「どうもひどいあられでしたの。」と、王女はいいました。「こんなおてんきにそとへでたのははじめて。」
「その代り、こんどは、よすぎてこまることもあるさ。」と、魔法つかいはいいました。
 王女はそのとき、二どまでうまくいいあてられたことを話して、あしたまたうまくやられて、いよいよヨハンネスが勝ちときまると、もう二度と山へは来られないし、魔法もつかえなくなるというので、すっかりしょげかえっていました。
「こんどこそはあたらないよ。」と、魔法つかいはいいました。「なにかその男のとてもかんがえつかないことをおもいつこう。万一、これがあたるようなら、その男はわしよりずっとえらい魔法つかいにちがいなかろう。だが、まあ愉快にやろうよ。」
 そういって、魔法つかいは、王女の両手をとって、ちょうどそのへやにいた小鬼や鬼火などと輪をつくって、いっしょにおどりました。すると、壁の赤ぐもまでが、上へ下へとおもしろそうにとびまわって、それはまるで火花が火の子をとばしているようにみえました。ふくろうは太鼓をたたくし、こおろぎは口ぶえをふく、黒きりぎりすは、ハーモニカをならしました。どうしてなかなかにぎやかな舞踏会ぶとうかいでした。
 みんなが、たっぷりおどりぬいてしまうと、王女は、もうここらでかえりましょう、お城が大さわぎになるからといいました。そこで、魔法つかいは、せめて途中までいっしょにいられるように、そこまで送っていくといいました。
 そこで、ふたりは、ひゅうひゅう、ひどいあらしのふくなかへとびだした。旅なかまは、ここぞと三本のむちで、ふたりのせなかもくだけよとばかり、したたかぶちのめしました。さすがの魔法つかいも、これほどはげしいあられ空に、そとへでたのははじめてでした。さて、お城ちかくまで来たとき、いよいよわかれぎわに、魔法つかいは王女の耳のはたに口を寄せて、
「わしのあたまをかんがえてこらん。」といいました。けれども、旅なかまは、それすらのこらず耳にしまい込んでしまいました。そうして、王女が窓からすべりこむ、魔法つかいが引っかえそうとするとたん、ぎゅッと魔法つかいのながい黒ひげをつかむがはやいか、剱をひきぬいて、そのにくらしい顔をした首を、肩のつけ根からずばりと切りおとしました。まるで、相手にこちらの顔をみるすきさえあたえなかったのです。さて、その首のないむくろは、みずうみの魚に投げてやりましたが、首だけは、水でよくあらって、絹のハンケチにしっかりくるんで、宿までかかえて、もってかえって、ゆっくり床とこに休んで寝ました。
 そのあくる朝、旅なかまは、ヨハンネスに、ハンケチの包をさずけて、王女が、いよいよじぶんのかんがえているものはなにかといって問いかけるまで、けっして、むすび目をほどいてはいけないといいました。
 お城の大広間には、ぎっしり人がつまって、それはまるで、だいこんをいっしょにして、たばにくくったようでした。評定官ひょうじょうかんは、れいのとおり、ながながといすによりかかって、やわらかなまくらをあたまにあてがっていました。老王さまは、すっかり、あたらしいお召ものに着かえて、金のかんむりもしゃくも、ぴかぴかみがき立てて、いかめしいごようすでした。それにひきかえ、お姫さまのほうは、もうひどく青い顔をして、おとむらいにでもいくような、黒ずくめの服でした。
「なにを、わたしはかんがえていますか。」
 王女は、ヨハンネスにたずねました。
 すぐ、ヨハンネスは、ハンケチのむすび目をほどきました。すると、いきなり、魔法つかいの首が、目にはいったので、たれよりもまずじぶんがぎょっとしました。あんまり、すごいものをみせられて、みんなもがたがたふるえだしました。そのなかで、王女はひとり、石像のようにじいんとすわり込んだなり、ひとこともものがいえませんでした。それでも、やっと立ち上がって、ヨハンネスに手をさしのべました。なにしろ、みごとにいいあてられてしまったのです。王女は、もう、たれの顔をみようともしないで、大きなため息ばかりついていました。
挿絵
「さあ、あなたは、わたしの夫おっとです。今晩、式をあげましょう。」
「そうしてくれると、わしもうれしい。」と、お年よりの王さまはいいました。「ぜひ、そういうことにしよう。」
 みんなは、万歳をとなえました。近衛このえの兵隊は、音楽をやって、町じゅうねりあるきました。お寺の鐘は鳴りだしますし、お菓子屋のおかみさんたちは、お砂糖人形の黒い喪ものリボンをどけました。どこにもここにも、たいへんなよろこびが、大水のようにあふれました。三頭の牛のおなかに、小がもやにわとりをつめたまま、丸焼にしたものを、市場のまん中にもちだして、たれでも、ひと切れずつ、切ってとっていけるようにしました。噴水からは、とびきり上等のぶどう酒がふきだしていました。パン屋で一シリングの堅パンひとつ買うと、大きなビスケットを六つ、しかも乾ほしぶどうのはいったのを、お景物けいぶつにくれました。
 晩になると、町じゅうあかりがつきました。兵隊はどんどん祝砲を放しますし、男の子たちはかんしゃく玉をぱんぱんいわせました。お城では、のんだり、たべたり、祝杯をぶつけあったり、はねまわったり、紳士も、うつくしい令嬢たちも、組になって、ダンスをして、そのうたう歌が遠方まできこえて来ました。

ダンス輪おどり大すきな
みんなきれいなむすめたち、
まわるよまわるよ糸車。
くるりくるりと踊り子むすめ、
おどれよ、はねろよ、いつまでも、
くつのかかとのぬけるまで。

 さて、ご婚礼はすませたものの、お姫さまは、まだ、もとの魔法つかいのままでしたから、ヨハンネスをまるでなんともおもっていませんでした。そこで、旅なかまは心配して、れいのはくちょうのつばさから三本のはねをぬきとって、それと、ほんのちよっぴり、くすりの水を入れた小びんをヨハンネスにさずけました。そうして、おしえていうのには、水をいっぱいみたした大きなたらいを、お姫さまの寝台のまえにおく、お姫さまが、知らずに寝台へ上がるところを、うしろからちょいと突けばお姫さまは水のなかにおちる。たらいの水には、前もって、三本の羽をうかして、くすりの水を二、三滴たらしておいて、その水に三どまで、お姫さまをつけて、さて、引き上げると、魔法の力がきれいにはなれて、それからは、ヨハンネスをだいじにおもうようになるだろうというのです。
 ヨハンネスは、おしえられたとおりにしました。王女は水に落ちたとき、きゃっとたかいさけび声を立てたとおもうと、ほのおのような目をした、大きな、黒いはくちょうになって、おさえられている手の下で、ばさばさやりました。二どめに、水からでてくると、黒いはくちょうはもう白くなっていて、首のまわりに、黒い輪が、二つ三つのこっているだけでした。ヨハンネスは、心をこめて神さまにお祈をささげながら、三ど、はくちょうに水をあびせました。そのとたん、はくちょうはうつくしいお姫さまにかわりました。お姫さまは、まえよりもなおなおうつくしくなって、きれいな目にいっぱい涙をうかべながら、魔法をといてくれたお礼をのべました。
 その次の朝、老王さまは、御殿じゅうの役人のこらずをひきつれて出ておいでになりました。そこで、お祝をいいにくるひとたちが、その日はおそくまで、あとからあとからつづきました。いちばんおしまいに来たのは、旅なかまでしたが、もうすっかり旅じたくで、つえをついて、はいのうをしょっていました。ヨハンネスは、その顔をみると、なんどもなんどもほおずりして、もうどうか旅なんかしないで、このままここにいてください。こんなしあわせな身分になったのも、もとはみんなあなたのおかげなのだからといいました。けれども、旅なかまは、かぶりをふって、でも、あくまでやさしい、人なつこいちょうしでいいました。
「いいや、いいや、わたしのかえっていく時が来たのだ。わたしはほんの借をかえしただけだ。きみはおぼえていますか、いつか、わるものどものためにひどいはずかしめを受けようとした死人のことを。[#「。」は底本では欠落]あのとききみは、持っていたもののこらず、わるものどもにやって、その死人をしずかに墓のなかに休ませてくれましたね。その死人が、わたしなのですよ。」
 こういうがはやいか、旅なかまの姿は消えました。
 さて、ご婚礼のおいわいは、まるひと月もつづきました。ヨハンネスと王女とは、もうおたがいに、心のそこから好きあっていました。老王さまは、もう毎日、たのしい日を送っておいでになりました。かわいらしいお孫さんたちを、かわるがわるおひざの上にのせて、かってにはねまわらせたり、しゃくをおもちゃにしてあそばせたりなさいました。ヨハンネスはかわりに、王さまになって、王国のこらずおさめることになりました。

引用http://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42384_21526.html


 ここからは、はるかな国、冬がくるとつばめがとんで行くとおい国に、ひとりの王さまがありました。王さまには十一人のむすこと、エリーザというむすめがありました。十一人の男のきょうだいたちは、みんな王子で、胸に星のしるしをつけ、腰に剣をつるして、学校にかよいました。金のせきばんの上に、ダイヤモンドの石筆せきひつで字をかいて、本でよんだことは、そばからあんしょうしました。
 この男の子たちが王子だということは、たれにもすぐわかりました。いもうとのエリーザは、鏡ガラスのちいさな腰掛に腰をかけて、ねだんにしたらこの王国の半分ぐらいもねうちのある絵本をみていました。
 ああ、このこどもたちはまったくしあわせでした。でもものごとはいつでもおなじようにはいかないものです。
 この国のこらずの王さまであったおとうさまは、わるいお妃きさきと結婚なさいました。このお妃がまるでこどもたちをかわいがらないことは、もうはじめてあったその日からわかりました。ご殿じゅうこぞって、たいそうなお祝の宴会がありました。こどもたちは「お客さまごっこ」をしてあそんでいました。でも、いつもしていたように、こどもたちはお菓子や焼きりんごをたくさんいただくことができませんでした。そのかわりにお茶わんのなかに砂を入れて、それをごちそうにしておあそびといいつけられました。
 その次の週には、お妃はちいちゃないもうと姫のエリーザを、いなかへ連れていって、お百姓の夫婦にあずけました。そうしてまもなくお妃はかえって来て、こんどは王子たちのことでいろいろありもしないことを、王さまにいいつけました。王さまも、それでもう王子たちをおかまいにならなくなりました。
「どこの世界へでもとんでいって、おまえたち、じぶんでたべていくがいい。」と、わるいお妃はいいました。「声のでない大きな鳥にでもなって、とんでいっておしまい。」
 でも、さすがにお妃ののろったほどのひどいことにも、なりませんでした。王子たちは十一羽のみごとな野の白鳥はくちょうになったのです。きみょうななき声をたてて、このはくちょうたちは、ご殿の窓をぬけて、おにわを越して、森を越して、とんでいってしまいました。
 さて、夜のすっかり明けきらないまえ、はくちょうたちは、妹のエリーザが、百姓家のへやのなかで眠っているところへ来ました。ここまできて、はくちょうたちは屋根の上をとびまわって、ながい首をまげて、羽根をばたばたやりました。でも、たれもその声をきいたものもなければ、その姿をみたものもありませんでした。はくちょうたちは、しかたがないので、また、どこまでもとんでいきました。上へ上へと、雲のなかまでとんでいきました。とおくとおく、ひろい世界のはてまでもとんでいきました。やがて、海ばたまでずっとつづいている大きなくろい森のなかまでも、はいっていきました。
 かわいそうに、ちいさいエリーザは百姓家のひと間まにぽつねんとひとりでいて、ほかになにもおもちゃにするものがありませんでしたから、一枚の青い葉ッぱをおもちゃにしていました。そして、葉のなかに孔あなをぽつんとあけて、その孔からお日さまをのぞきました。それはおにいさまたちのすんだきれいな目をみるような気がしました。あたたかいお日さまがほおにあたるたんびに、おにいさまたちがこれまでにしてくれた、のこらずのせっぷんをおもい出しました。
 きょうもきのうのように、毎日、毎日、すぎていきました。家のぐるりのいけ垣を吹いて、風がとおっていくとき、風はそっとばらにむかってささやきました。
「おまえさんたちよりも、もっときれいなものがあるかしら。」
 けれどもばらは首をふって、
「エリーザがいますよ。」とこたえました。
 それからこのうちのおばあさんは、日曜日にはエリーザのへやの戸口に立って、さんび歌の本を読みました。そのとき、風は本のページをめくりながら、本にむかって、
「おまえさんたちよりも、もっと信心ぶかいものがあるかしら。」といいました。するとさんび歌の本が、
「エリーザがいますよ。」とこたえました。そうしてばらの花やさんび歌の本のいったことはほんとうのことでした。
 このむすめが十五になったとき、またご殿にかえることになっていました。けれどお妃はエリーザのほんとうにうつくしい姿をみると、もうねたましくも、にくらしくもなりました。いっそおにいさんたち同様、野のはくちょうにかえてしまいたいとおもいました。けれども王さまが王女にあいたいというものですから、さすがにすぐとはそれをすることもできずにいました。
 朝早く、お妃きさきはお湯にはいりにいきます。お湯殿は大理石でできていて、やわらかなしとねと、それこそ目がさめるようにりっぱな敷物がそなえてありました。そのとき、お妃はどこからか三びき、ひきがえるをつかまえてきて、それをだいて、ほおずりしてやりながら、まずはじめのひきがえるにこういいました。
「エリーザがお湯にはいりに来たら、あたまの上にのっておやり。そうすると、あの子はおまえのようなばかになるだろうよ――。」
 それから二ひきめのひきがえるにむかって、こういいました。
「あの子のひたいにのっておやり、そうするとあの子は、おまえのようなみっともない顔になって、もう、おとうさまにだって見分けがつかなくなるだろうよ――。」
 それから、三びきめのひきがえるにささやきました[#「ささやきました」は底本では「ささやさました」]。
「あの子の胸の上にのっておやり。そうすると、あの子にわるい性根しょうねがうつって、そのためくるしいめにあうだろうよ。」
 こういって、お妃は、三びきのひきがえるを、きれいなお湯のなかにはなしますと、お湯は、たちまち、どろんとしたみどり色にかわりました。そこでエリーザをよんで、着物をぬがせて、お湯のなかにはいらせました。エリーザがお湯につかりますと、一ぴきのひきがえるは髪の上にのりました。二ひきめのひきがえるはひたいの上にのりました。三びきめのひきがえるは胸の上にのりました。けれどもエリーザはそれに気がつかないようでした。やがて、エリーザがお湯から上がると、すぐあとにまっかなけしの花が三りん、ぽっかり水の上に浮いていました。このひきがえるどもが、毒虫でなかったなら、そうしてあの魔女の妃がほおずりしておかなかったら、それは赤いばらの花にかわるところでした。でも、毒があっても、ほおずりしておいても、とにかくひきがえるが花になったのは、むすめのあたまやひたいや胸の上にのったおかげでした。このむすめはあんまり心がよすぎて、罪がなさすぎて、とても魔法の力にはおよばなかったのです。
 どこまでもいじのわるいお妃は、それをみると、こんどはエリーザのからだをくるみの汁でこすりました。それはこの王女を土色によごすためでした。そうして顔にいやなにおいのする油をぬって、うつくしい髪の毛も、もじゃもじゃにふりみださせました。これでもう、あのかわいらしいエリーザのおもかげは、どこにもみられなくなりました。
 ですから、おとうさまは王女をみると、すっかりおどろいてしまいました。そうして、こんなものはむすめではないといいました。もうたれも見分けるものはありません。知っているのは、裏庭にねている犬と、のきのつばめだけでしたが、これはなんにももののいえない、かわいそうな鳥けものどもでした。

 そのとき、かわいそうなエリーザは、泣きながら、のこらずいなくなってしまったおにいさまたちのことをかんがえだしました。みるもいたいたしいようすで、エリーザは、お城から、そっとぬけだしました。野といわず、沢といわず、まる一日あるきつづけて、とうとう、大きな森にでました。じぶんでもどこへ行くつもりなのかわかりません。ただもうがっかりしてつかれきって、おにいさまたちのゆくえを知りたいとばかりおもっていました。きっとおにいさまたちも、じぶんと同様に、どこかの世界にほうりだされてしまったのだろう、どうかしてゆくえをさがして、めぐり逢いたいものだとおもいました。
 ほんのしばらくいるうちに、森のなかはもうとっぷり暮れて、夜になりました。まるで道がわからなくなってしまったので、エリーザはやわらかな苔こけの上に横になって、晩のお祈をとなえながら、一本の木の株にあたまを寄せかけました。あたりはしんとしずまりかえって、おだやかな空気につつまれていました。草のなかにも草の上にも、なん百とないほたるが、みどり色の火ににた光をぴかぴかさせていました。ちょいとかるく一本の枝に手をさわっても、この夜ひかる虫は、ながれ星のようにばらばらと落ちて来ました。
 ひと晩じゅう、エリーザは、おにいさまたちのことを夢にみました。みんなはまだむかしのとおりのこども同士で、金のせきばんの上にダイヤモンドの石筆で字をかいたり、王国の半分もねうちのあるりっぱな絵本をみたりしていました。でも、せきばんの上にかいているものは、いつもの零れいや線ではありません。みんながしてきた、りっぱな行いや、みんながみたりおぼえたりしたいろいろのことでした。それから、絵本のなかのものは、なにもかも生きていて、小鳥たちは歌をうたうし、いろんな人が本からぬけてでて来て、エリーザやおにいさまたちと話をしました。でもページをめくるとぬけだしたものは、すぐまたもとへとんでかえっていきますから、こんざつしてさわぐというようなことはありませんでした。
 エリーザが目をさましたとき、お日さまは、もうとうに高い空にのぼっていました。でも高い木立こだちが、あたまの上で枝をいっぱいひろげていましたから、それをみることができませんでした。ただ光が金きんの紗しゃのきれを織るように、上からちらちら落ちて来て、若いみどりの草のにおいがぷんとかおりました。小鳥たちは肩のうえにすれすれにとまるようにしました。水のしゃあしゃあながれる音もきこえました。これはこのへんにたくさんの泉があって、みんな底にきれいな砂のみえているみずうみのなかへながれこんでいくのです。みずうみはふかいやぶにかこまれていましたが、そのうち一箇所に、しかが大きなではいり口をこしらえました。エリーザはそこからぬけて、みずうみのふちまでいきました。みずうみはほんとうにあかるくきれいにすみきっていて、風がやぶや木の枝をふいてうごかさなければ、そこにうつる影は、まるで、みずうみの底にかいてある絵のようにみえました。
 そこには一枚一枚の葉が、それはお日さまが上から照っているときでも、かげになっているときでも、おなじようにはっきりとうつって、すんでみえました。
 エリーザは水に顔をうつしてみて、びっくりしました。それは土色をしたみにくい顔でした。でも水で手をぬらして、目やひたいをこすりますと、まっ白なはだがまたかがやきだしました。そこで着物をぬいで、きれいな水のなかにはいっていきました。もうこのむすめよりうつくしい王さまのむすめは、この世界にふたりとはありませんでした。それから、また着物を着て、ながい髪の毛をもとのように編んでから、こんどはそこにふきだしている泉のところへいって、手のひらに水をうけてのみました。それからまた、どこへいくというあてもなしに、森のなかをさらに奥ぶかく、さまよいあるきました。エリーザはなつかしいおにいさまたちのことをかんがえました。けっしておみすてにならない神さまのことをおもいました。ほんとうに神さまは、そこへ野生のりんごの木をならせて、空腹をしのがせてくださいました。神さまはエリーザに、なかでもいっぱいなったりんご[#「りんご」は底本では「りりんご」]の実のおもみで、しなっている木をおみせになりました。そこでエリーザはたっぷりおひるをすませて、りんごのしなった枝につっかい棒をかってやりました。それからまた、森のいちばん暗い奥の奥にはいっていきました。それはじつにしずかで、あるいて行くじぶんの足音もきこえるくらいでしたし、足の下で枯れッ葉のかさこそくずれる音もきこえました。一羽の鳥の姿もみえませんでした。ひとすじの日の光も暗い木立のなかからさしこんでは来ませんでした。高い樹の幹が押しあってならんでいて、まえをみると、まるで垣根がいくえにも結ばれているような気がしました。ああ、これこそうまれてまだ知らなかったさびしさでした。
 すっかりくらい夜になりました。もう一ぴきのほたるも草のなかに光ってはいませんでした。わびしいおもいでエリーザは横になって眠りました。すると、木木の枝があたまの上で分かれて、そのあいだから、やさしい神さまの目が、空のうえからみておいでになるようにおもいました。そうして、そのおつむりのへんに、またはお腕のあいだから、かわいらしい天使がのぞいているようにおもわれました。
 朝になっても、ほんとうに朝になったのか、夢をみているのか、わかりませんでした。エリーザはふた足三足いきますと、むこうからひとりのおばあさんが、かごのなかに木いちごを入れてもってくるのにであいました。
 おばあさんは木いちごをふたつ三つだしてくれました。エリーザはおばあさんに、十一人の王子が馬にのって、森のなかを通っていかなかったかとたずねました。
「いいえ。」と、おばあさんがこたえました。「だが、きのう、あたしは十一羽のはくちょうが、めいめいあたまに金のかんむりをのせて、すぐそばの川でおよいでいるところをみましたよ。」
 そこで、おばあさんはエリーザをつれて、すこしさきの坂になったところまで案内しました。その坂の下にちいさな川がうねってながれていました。その川のふちには、木立こだちが長い葉のしげった枝と枝とをおたがいにさしかわしていました。しぜんのままにのびただけでは、葉がまざり合うまでになれないところには、木の根が、地のなかから裂けてでて、枝とをからまり合いながら、水の上にたれていました。
 エリーザはおばあさんに「さようなら」をいうと、ながれについて、この川口が広い海へながれ出している所まで下っていきました。
 大きなすばらしい海が、むすめの目のまえにあらわれました。けれどひとつの帆もそのおもてにみえてはいませんでした。いっそうの小舟もそのうえにうかんではいませんでした。どうしてそれからさきへすすみましょう。王女は、浜のうえに、数しらずころがっている小石をながめました。水がその小石をどれもまるくすりへらしていました。ガラスでも、鉄くずでも、石でも、そこらにあるものは、王女のやわらかな手よりももっとやわらかな水のために、かたちをかえられていました。
「波はあきずに巻きかえっている。それで堅いものでもいつかすべっこくなる。わたしもそのとおりあきずにいつまでもやりましょう。あとからあとからきれいに寄せてくる波よ。おまえにいいことを教えてもらってよ。なんだかいつか、おまえたちのおかげでおにいさまたちのところへつれて行ってもらえるような気がするわ。」
 うちよせられた海草の上に、白いはくちょうの羽根が十一枚のこっていました。それをエリーザは花たばにしてあつめました。その羽根の上には、水のしずくがたれていました。それは露の玉か、涙のしずくかわかりません。浜の上はいかにもさびしいものでした。けれど大海のけしきが、いっときもおなじようでなく、しじゅうそれからそれとかわるので、さほどさびしいともかんじませんでした。それは二三時間のあいだに、おだやかな陸にかこまれた内海が一年かかってするよりも、もっとたくさんの変化をみせました。するうち、まっくろな大きな雲がでて来ました。海も「おれだってむずかしい顔をするぞ。」というようにおもわれました。やがて風が吹きだして、波が白い横腹をうえに向けました。でも雲がまっ赤にかがやきだして、風がぴったりとまると、海はばらの花びらのようにみえました。それからまた青くなったり白くなったりしました。でもいかほど海がおだやかにないでも、やはり浜辺にはいつもさざなみがゆれていました。海の水はねむっているこどもの胸のように、やさしくふくれあがりました。
 お日さまがちょうどしずもうとしたとき、十一羽の野のはくちょうが、めいめいあたまに金のかんむりをのせて、おかのほうへとんでくるところをエリーザはみました。一羽また一羽と、あとからあとから行儀よくつづいてくるのでそれはただひとすじながくしろい帯をひいてとるようにみえました。そのときエリーザは坂にあがって、そっとやぶかげにかくれました。はくちょうたちは、すぐそのそばへおりて来て、大きな白いつばさをばたばたやりました。いよいよお日さまが海のなかにしずんでしまうと、とたんに、はくちょうの羽根がぱったりおちて、十一人のりっぱな王子たちが、エリーザのおにいさまたちが、そこに立ちました。エリーザはおもわず、あッと大きなさけび声をたてました。それはおにいさまたちはずいぶん、せんとかわっていました。けれど、やはりそれにちがいないことが、すぐとわかったからでした。そこでみんなの腕のなかにとびこんでいって、ひとりひとり、名まえをよびました。王子たちは、そうして王女がまたでて来たのをみて、それはもうせいも高くなり、きりょうもずっとうつくしくなってはいましたけれど、じぶんたちのいもうとということがわかって、いいようもなくうれしくおもいました。みんなは泣いたりわらったりしました、そうして、こんどのおかあさまが、きょうだいのこらずに、どんなにひどいことをしたか、おたがいの話でやがてわかりました。
挿絵
「ぼくたちきょうだいはね、」と、いちばん上のおにいさまがいいました。「みんな、お日さまが空にでているあいだ、はくちょうになってとびまわるが、お日さまがしずむといっしょに、また人間のかたちにかえるのだよ。だから、しじゅう気をつけて、お日さまがしずむころまでには、どこかに、かならず足を休める場所をみつけておかなければならないのさ。それをしないで、うかうか雲のほうへとんで行けば、たちまち人間とかわって、海の底へしずまなければならないのだよ。わたしたちはここに住んでいるのではない。海のむこうに、ここと同様、きれいな国がある。でもそこまでいく道はとても長くて、ひろい海のうえをわたっていかなければならない。その途中には夜をあかす島もない。ただちいさな岩がひとつ海のなかにつきでているだけだ。でもどうやら、そこにはみんながくっつき合ってすわるだけのひろさはある。海が荒れているときには、波がかぶさってくるが、それでも、その岩のあるのがどのくらいありがたいかしれない。そこでぼくたち、夜だけ、人間のかたちになって明かすのだからね。まったくこの岩でもなかったら、ぼくたちは、好きなふるさとへかえることができないだろう。なにしろ、そこまでいくのは一年のなかでもいちばん長い日を、二日分とばなければならないのだからね。一年にたったいっぺん、ふるさとの国をたずねることがゆるされている。そうして、十一日のあいだここにとどまっていて、この大きな森のうえをとびまわる。まあ、この森のうえから、ぼくたちのうまれたおとうさまの御殿もみえるし、おかあさまのうめられていらっしゃるお寺の塔もみえるというわけさ。――だからこのあたりのものは、やぶでも木立こだちでも、ぼくたちの親類のようにおもわれる。ここでは野馬がこどものじぶんみたとおり草原をはしりまわっている。炭焼までが、ぼくたちがむかし、そのふしにあわせておどったとおりの歌をいまでもうたう。ここにぼくたちのうまれた国があるのだ。どうしてもここへぼくたちは心がひかれるのだ。そうしてここへ来たおかげで、とうとう、かわいいいもうとのおまえをみつけたのだ。もう二日、ぼくたちはここにいることができる。それからまた海をわたってむこうのうつくしい国へいかなければならない。けれどもそこはぼくたちのうまれた国ではないのだ。でもどうしたらおまえをつれていけようね。ぼくたちには船もないし、ボートもないのだからね。」
「どうしたらわたしは、おにいさんたちをたすけて、もとの姿にかえして上けることができるでしょうね。」と、いもうともいいました。こうしてきょうだいは、ひと晩じゅう話をして、ほんの二、三時間うとうとしただけでした。
 エリーザはふと、あたまの上ではくちょうの翼がばさばさ鳴る音で目がさめました。きょうだいたちはまた姿を変えられていました。やがてみんなは大きな輪をつくってとんでいきました。けれどもそのなかでひとり、いちばん年下のおにいさまだけが、あとにのこっていました。そのはくちょうは、あたまを、いもうとのひざのうえにのせていました。こうして、まる一日、ふたりはいっしょになっていました。夕方になると、ほかのおにいさまたちがかえって来ました。やがて、お日さまがしずむと、みんなまたあたりまえのすがたにかえりました。
「あしたはここからとんでいって、こんどはまる一年たつまでかえってくることはできない。でもおまえをこのままここへおくことはどうしたってできない。おまえ、わたしたちといっしょに行く勇気があるかい。わたしたち、腕一本でも、おまえをかかえて、この森を越すだけの力はある。だからみんなのつばさを合わせたら、海のうえをはこんでわたれないことはなかろう。」
「ええ、ぜひつれていってください。」と、エリーザはいいました。
 そこでひと晩じゅうかかって、みんなしてよくしなうかわやなぎの木の皮と、強いあしとで網を織りました。それは大きくて丈夫にできました。この網のうえにエリーザは横になりました。やがてお日さまがのぼると、おにいさまたちははくちょうのすがたに変って、てんでんくちばしで網のさきをくわえました。そうして、まだすやすやねむっている、かわいいいもうとをのせたまま、雲のうえたかくとんでいきました。ちょうどお日さまの光が顔にあたるものですから、一羽のはくちょうは、いもうとのあたまのうえでとんでやって、その大きなつばさでかげをこしらえてやりました。――
 やがてエリーザが目をさましたじぶんには、もうずいぶんとおくへ来ていました。エリーザはまるで夢をみているような気持でした。空を通って、海を越えて、高くはこばれて行くということが、どんなにふしぎにおもわれたことでしょう。すぐそばには、おいしそうにじゅくしたいちごの実をつけたひと枝と、いいかおりのする木の根がひと束たばおいてありました。それらはあのいちばん年の若いおにいさまが、取って来てくれたものでした。いもうとはそのおにいさまのはくちょうをみつけて、下からにっこり、うれしそうにわらいかけました。あたまの上をとんで、つばさでかげをつくっていてくれているのも、このおにいさまでした。
 もうすいぶん高くとんで、はじめ下でみつけた大きな船は、いつか白いかもめのように、ぼっつり水のうえに浮いていました。ひとかたまりの大きな雲が、すぐうしろにぬっとあらわれましたが、それはどこからみても、ほんとうの山でした。その雲の山に、エリーザはじぶんの影や十一羽のはくちょうの影がうつるのをみました。みんな、それこそ見上げるような大きな鳥になってとんでいました。まったくみたこともないすばらしい影でした。でもお日さまがずんずん高くのぼって、雲がずっとうしろに取りのこされると、その影のようにうかんでいる絵が消えてなくなりました。
 まる一日、はくちょうたちは、空のなかを、かぶら矢のようにうなってとびつづけました。
 でもなにしろ、いもうとひとりつれているのですから、おくれがちで、いつものようにはとべません。するうち、いやなお天気になって来て、夕暮もせまって来ました。エリーザはしずみかけているお日さまをながめて、まだ海のなかにさびしく立っている岩というのが目にはいらないものですから、心配そうな顔をしていました。はくちょうたちがよけいはげしく羽ばたきしはじめたようにおもわれました。ああ、おにいさまたちみんなが[#「みんなが」は底本では「みんなか」]、おもいきって早くとぶこともできないのは、エリーザのためだったのです。やがてお日さまがしずむと、みんなは人間にかえって滝のなかに落ちておぼれなければなりません。そのとき、エリーザはこころの底から、お祈のことばをとなえました。でもまだ岩はみつかりません。まっくろな雲がむくむく近よって来ました。やがてそれは大きなきみわるく黒い雲の山になって、まるで、鉛のかたまりがころがってくるようでした。ぴかりぴかり稲妻いなづまが、しきりなしに光りだして来ました。
 いよいよお日さまが海のきわまで落ちかけて来ました。エリーザの胸は、わなわなふるえました。そのときはくちょうたちは、まっしぐらに、まるで、さかさになって落ちくだるいきおいでおりて行きました。はっとおもうとたん、またふと浮きあがりました。お日さまは、半分もう水の下にかくれました。でも、そのときはじめて目の下に小さい岩をみつけました。それはあざらしというけものはこんなものかとおもわれるほどの大きさで、水のうえにちょっぴり顔をだしていました。お日さまはみるみる沈んでいきました。とうとうそれがほんの星ぐらいにちいさくみえたとき、エリーザの足はしっかりと大地につきました。
 お日さまは紙きれが燃えきれて、さいごにのこった火花のようにみえてふと消えてしまいました。おにいさまたちは、手をとりあってエリーザのまわりに立っていました。でも、それだけしか場所はなかったのです。波はたえず岩にぶつかって、しぶきのようにエリーザのあたまにふりそそぎました。空はしっきりなしにあかあかともえる火で光って、ごろごろ、ごろごろ、たえず音がして、かみなりはなりつづきました。でも、きょうだいおたがいにしっかりと手をとりあって、さんび歌をうたいますと、それがなぐさめにもなり、げんきもついて来ました。
 明け方のうすあかりでみると、空気はすみきって風もおだやかでした。お日さまがのぼるとすぐ、はくちょうたちはエリーザをつれて、この島をぱっととび立ちました。海はまだすごい波が立っていました。やがて高く舞り上がって、下をみると、紺青こんじょうの海のうえに立つ白いあわは、なん百万と知れないはくちょうが、水のうえでおよいでいるようでした。

 お日さまがいよいよ高く高くのぼったとき、エリーザは目のまえに、山ばかりの国が半分空のうえに浮いているのをみつけました。その山のいただきには、まっしろに光る氷のかたまりがそびえ、そのまんなかに、なんマイルもあろうとおもわれるお城が立っていて、そのまわりにきらびやかな柱がいくつもいくつもならんでいました。エリーザはこれがみんなのいこうとする国なのかとたずねました。けれどはくちょうたちは首をふりました。なぜというにエリーザの今みたのは、しんきろうといってりっぱに見えても、それはたえずかわっている雲のお城で、人のいけるところではなかったのです。なるほどエリーザがみつめているうちに、山も林もお城もくずれてしまって、そのかわりに、こんどは、どれもおなじようなりっぱなお寺が、二十も高い塔やとがった窓をならべていました。なんだかそこからオルガンがひびいてくるような気がしましたが、でもそれは海鳴りの音をききちがえたものでした。やがてお寺のすぐそばまでいきますと、みるみるそれは艦隊になって、海をわたっていきました。でもよくながめると、それもただ海の上を霧がはっているだけでした。そんなふうに、しじゅう目のまえにかわったまぼろしを見ながらとんでいくうちに、とうとう目ざすほんものの国をみつけました。そこには、うつくしい青い山がそびえて、すぎ林が茂って、町もあり、お城もありました。お日さまがまだ高いうちに、大きなほら穴のまえの岩のうえにおりました。そこにはやわらかなみどり色のつる草が、縫いとりした壁かけのようにうつくしくからんでいました。
「さあ、ここで、今夜はおまえもどんな夢をみるだろうね。」と、末のおにいさまがいって、いもうとのねべやをみせてくれました。
「どうか、神さまが夢で、どうしたらおにいさまたちをすくって、もとの姿にかえしてあげられるかおしえてくださるといいのですわ――。」と、いもうとはこたえました。
 このかんがえが、しっきりなし、エリーザの心にはたらいていました。それでエリーザは神さまのお助けを熱心にいのりました。それはねむっているあいだもいのりつづけました。するうち、エリーザはたかく空のうえに舞い上がって、しんきろうの雲のお城までもとんでいったようにおもいました。すると、うつくしいかがやくような妖女ようじょがひとり、おむかえにでて来ました。ところでその妖女が、あの森のなかでいちごの実をくれて、金のかんむりをあたまにのせたはくちょうの話をしてくれたおばあさんによくにていました。
「おにいさまたちは、もとの姿にもどれるだろうよ。」と、その妖女ようじょはいいました。「でも、おまえさんにそこまでの勇気と辛抱があるかい。ほんとうに、水はおまえのきゃしゃな手よりもやわらかだ。けれどもあのとおり石のかたちを変える。でもそれをするには、おまえさんの指がかんじるような痛みをかんじるわけではない。あれには心がない。おまえさんがこらえなければならないような苦しみをうけることもない。だからおまえさん、そら、あたしが手に持っているイラクサをごらん。こういう草はおまえさんが眠っているほら穴のぐるりにもたくさん生えているのだよ。その草と、お寺の墓地に生えているイラクサだけがいまおまえさんの役に立つのだからね。それは、おまえさんの手をひどく刺して、火ぶくれにするほど痛かろうけれど、がまんして摘みとらなければならないだよ。そのイラクサをおまえさんの足で踏みちぎって、それを麻のかわりにして、それでおまえさんは長いそでのついたくさりかたびらを十一枚編まなければならない。そうしてそれを十一羽のはくちょうに投げかければ、それで魔法はやぶれるのだよ。でもよくおぼえておいでなさい。おまえさんがそのしごとをはじめたときから、それができ上がるまで、それはなん年かかろうとも、そのあいだ、ちっとも口をきいてはならないのですよ。おまえきんの口から出たはじめてのことばが、もうすぐおにいさまたちの胸を短刀のかわりにさすだろう。あの人たちのいのちは、おまえさんの舌しだいなのだ。それをみんなしっかりと心にとめておぼえておいでなさいよ。」
 こういって、妖女ようじょはエリーザの手をイラクサでさわりました。それはもえる火のようにあつかったので、エリーザはびくりとして目がさめました。すると、もう、そとはかんかんあかるいまひるでした。ねむっていたすぐそばに、夢のなかでみたとおなじようなイラクサが生えていました。エリーザはひざをついて、神さまにお礼のお祈をしました。それからほら穴をでて、しごとにかかりました。
 エリーザはきゃしゃな手で、いやらしいイラクサのなかをさぐりました。草は火のようにあつく、エリーザの腕をも手首をも、やけどするほどひどく刺しました。けれどもそれでおにいさまたちをすくうことができるなら、よろこんで痛みをこらえようとおもいました。それからつみ取ったイラクサをはだしでふみちぎって、みどり色の麻をそれから取りました。
 お日さまがしずむと、おにいさまたちはかえって来ました。いもうと[#「いもうと」は底本では「いもう」]がおしになったのをみて、みんなびっくりしました。これもわるいまま母がかわった魔法をかけたのだろうとおもいました。でも、いもうとの手をみて、じぶんたちのためにしてくれているのだとわかると、末のおにいさまは泣きました。このおにいさまの涙のしずくが落ちると、もう痛みがなくなって、手の上のやけどのあとも消えてしまいました。
 エリーザは夜もせっせと仕事にかかっていました。もうおにいさまたちをすくいだすまでは、いっときもおちつけないのです。そのあくる日も一日、はくちょうたちがよそへとんで行っているあいだ、エリーザはひとりぼっちのこっていました。けれどこのごろのように時間の早くたつことはありません。もうくさりかたびらは一枚でき上がりました。こんどは二枚目にかかるところです。
 そのとき猟りょうのつの笛が山のなかできこえました。エリーザはおびえてしまいました。そのうちつの笛の音はずんずん近くなって。猟犬のほえる声もきこえました。エリーザはおどおどしながら、ほら穴のなかににげこんで、あつめてとっておいたイラクサをひと束にたばねて、その上に腰をかけていました。
 まもなく、大きな犬が一ぴき、やぶのなかからとび出して来ました。それから二ひき、三びきとつづいてとび出して来て、やかましくほえたてました。いったんかけもどってはまたかけ出して来ました。そのすぐあとから、猟のしたくをした武士たちが、のこらずほら穴のまえにいならびました。そのなかでいちばんりっぱなようすをした人が、この国の王さまでした。王さまはエリーザのほうへつかつかとすすんで来ました。王さまはうまれてまだ、こんなうつくしいむすめをみたことがなかったのです。
「かわいらしい子だね。どうしてこんなところへ来ているの。」と、王さまはおたずねになりました。
 エリーザは首をふりました。口をきいてはたいへんです。おにいさまたちがすくわれなくなって、おまけにいのちをうしなわなければなりません。そうして、エリーザは両手を前掛の下にかくしました。痛めている手を王さまにみられまいとしたのです。
「わたしといっしょにおいで。」と、王さまはいいました。「おまえはこんなところにいる人ではない。おまえの顔がうつくしいように、心もやさしいむすめだったら、わたしはおまえにびろうどと絹の着物をきせて、金のかんむりをあたまにのせてあげよう。そうして、おまえは世にもりっぱなわたしのお城に住んで、この国の女王になるのだよ。」
 こういって、王さまはエリーザを、じぶんの馬のうえにのせました。エリーザは泣いて両手をもみました。けれども王さまはこうおっしゃるだけでした。
「わたしは、ただおまえの幸福をのぞんでいるだけだ。いつかおまえはわたしに礼をいうようになろう。」
 それで、じぶんのまえにエリーザをのせたまま、王さまは山のなかを馬でかけていきました。武士たちも、すぐそのあとにつづいてかけていきました。
挿絵
 お日さまがしずんだとき、うつくしい王さまの都が目のまえにあらわれました。お寺や塔がたくさんそこにならんでいました。やがて、王さまはエリーザをつれてお城にかえりました。
 そこの高い大理石の大広間には、大きな噴水がふきだしていました。壁と天井てんじょうには目のさめるような絵がかざってありました。けれども、エリーザににそんなものは目にはいりませんでした。ただ泣いて、泣いて、せつながってばかりいました。そうしてただ、召使の女たちにされるままに、お妃さまの着る服を着せられ、髪に真珠しんじゅの飾をつけて、やけどだらけの指に絹の手袋をはめました。
 エリーザがすっかりりっぱにしたくができて、そこにあらわれますと、それは目のくらむようなうつくしさでしたから、お城の役人たちは、ひとしおていねいにあたまをさげました。そこで王さまは、エリーザをお妃きさきに立てようとしました、そのなかでひとり、この国の坊さまたちのかしらの大僧正だいそうじょうが首をふって、このきれいな森のむすめはきっと魔女で、王さまの目をくらまし、心を迷わせているにちがいないとささやきました。
 けれども王さまはそのことばには耳をかしませんでした。もうすぐにおいわいの音楽をはじめよとおいいつけになりました。第一等のりっぱなお料理をこしらえさせて、よりぬきのきれいなむすめたちに踊らせました。そうして、エリーザは、香りの高い花園をぬけて、きらびやかな広間に案内されました。けれどもそのくちびるにも その目にも、ほほえみのかげもありませんでした。ただそこには、まるでかなしみの涙ばかりが、世世にうけついで来たままこりかたまって、いつまでもながくはなれないとでもいうようでした。そのとき王さまは、エリーザを休ませるためことに用意させた、そばのちいさいへやの戸を開きました。このへやは、高価なみどり色のかべかけでかざってあって、しかも今までエリーザのいたほら穴とそっくりおなじような作りでした。ゆかの上にはイラクサから紡つむい麻束あさたばがおいてありました。天井てんじょうにはしあげのすんだくさりかたびらがぶらさがっていました。これはみんな、武士のひとりが、めずらしがって持ちはこんで来たものでした。
「さあ、これでおまえはもとのすまいにかえった夢でもみるがいい。」と、王さまはおっしゃいました。「ほら、これがおまえのしかけていたしごとだ。そこでいま、このうつくしいりっぱなものずくめのなかにいて、むかしのことをかんがえるのもたのしみであろう。」
 エリーザはしじゅう心にかかっている、この品じなをみますと、ついほほえみがくちびるにのぼって来て、赤い血がぽおっとほおを染めました。エリーザはおにいさまたちをすくうことを心におもいながら、王さまの手にくちびるをつけました。王さまはエリーザを胸にだき寄せました。そうして、のこらずのお寺の鐘をならさせて、ご婚礼のお祝のあることを知らせました。森から来たおしのむすめは、こうしてこの国の女王になりました。
 そのとき大僧正だいそうじょうは、王さまに不吉ふきつなことばをささやきました。けれどもそれは王さまの心の中へまでははいりませんでした。結婚の式はぶじにあげられることになりました。しかも大僧正みずからの手で金のかんむりをお妃きさきのあたまにのせなければなりませんでした。いじのわるい、にくみの心で、大僧正はわざとあたまに合わないちいさな輪をむりにはめ込んだので、お妃はひたいがいたんでなりませんでした。でも、それよりももっとおもたい輪がお妃の心にくびり込んではなれません。それはおにいさまたちをいたましくおもう心でした。それにくらべては、からだの痛みなどはまるでかんじないくらいでした。ただひと言、ことばを口にだしても、おにいさまたちの命にかかわることでしたから、くちびるはかたくむすんで、あくまでおしをつづけました。でもその目は、やさしい、りっぱな王さまをこのましくおもってみていました。王さまは[#「は」は底本では「ほ」]エリーザのためには、どんなことでもなさいました。それでエリーザも、一日、一日と、日がたつにしたがって、ありったけの心をかたむけて、王さまをだいじにするようになりました。ああ、それを口にだして王さまにうちあけることができたら、そして心のかなしみをかたることができたら、どんなにうれしいことでしょう。けれどいまは、どこまでもおしでいなければなりません。おしのままでいて、しごとをしあげなければなりません。ですから、夜になると、王さまのおそばからそっとぬけ出して、あのほら穴のようにかざりつけた小べやにはいって、くさりかたびらを、一枚一枚編みました。けれどいよいよ七枚めにかかったとき、麻糸がつきてしまいました。
 エリーザは、お寺の墓地へいけば、イラクサの生はえていることを知っていました。けれどそれには、じぶんでいってつんでこなければならないのです。どうしてそこまででていきましょう。
「ああ、わたしの心にいだく苦しみにくらべては、指の痛みぐらいなんだろう。」と、エリーザはおもいました。「わたしはどうしたってそれをしなければならない。そうすれば神さまのおたすけがきっとあるにちがいない。」
 それこそまるでなにか悪事でもくわだてているように、胸をふるわせながら、エリーザは月夜の晩、そっとお庭へぬけだして、長い並木道なみきみちをとおって、さびしい通をいくつかぬけて、お寺の墓地へでていきました。すると、そこのいちばん大きな墓石の上に、血を吸う女鬼のむれがすわっているのをみつけました。このいやらしい魔物どもは、水でもあびるしたくのように、ぼろぼろの着物をぬいでいました。やがて骨ばった指で、あたらしいお墓にながいつめをかけました。そうして餓鬼がきのように、死がいのまわりにあつまって、肉をちぎってたべました。エリーザはそのすぐそばをとおっていかなければなりません。すると女鬼どもは、おそろしい目でにらみつけました。けれども心のなかでお祈しながら、エリーザは燃えるイラクサをあつめて、それをもってお城へかえりました。
 このときただひとり、エリーザをみていたものがありました。それはれいの大僧正だいそうじょうでした。この坊さんは、ほかのひとたちのねむっているときに、ひとり目をさましているのです。そこで今夜のことをみとどけたうえは、いよいよじぶんのかんがえが正しかったとおもいました。こんなことはお妃きさきたるもののすべきことではない。女はたしかに魔女だったのだ。だからああして王さまと人民を迷わしたのだと、かんがえました。
 お寺の懺悔座ざんげざで、大僧正は王さまに、じぶんの見たことと、おもっていることとを話しました。ひどいのろいのことばが、大僧正の口からはきだされると、[#「、」は底本では「。」]お寺のなかの昔のお上人しょうにんたちの像が首をふりました。それがもし口をきいたら、「そうではないぞ、エリーザに罪はないのだぞ。」と、いいたいところでしたろう。けれども大僧正はそれを、まるでちがったいみにとりました。――あべこべに、それこそエリーザに罪のあるしょうこで、その罪をにくめばこそ、あのとおり首をふっているのだとおもいました。そのとき、ふた粒まで大粒の涙が、王さまのほおをこぼれ落ちました。王さまは、はじめて、うたがいの心をもってお城にかえりました。どうして落ちついてねむるどころではありません。はたしてエリーザがそっと起きあがるところをみつけました。それからは毎晩、おなじことをしました。そのたびにそっと、あとをつけていって、エリーザがれいのほら穴のへやに姿をかくしてしまうところをみとどけました。
 日一日と、王さまの顔はくらく、くらくなりました。エリーザはそれをみつけて、それがなぜかわけはわかりませんが、心配でなりませんでした。そのうえ、[#「、」は底本では「。」]きょうだいたちのことを心のなかでおもって苦しんでいました。エリーザのあつい涙は、お妃の着るびろうどと紫絹むらさきぎぬの服のうえにながれて、ダイヤモンドのようにかがやいてみえました。そのりっぱなよそおいをみるものは、たれもお妃になりたいとうらやみました。そうこうするうちに、エリーザのしごともいつしかあがっていきました。あとたった一枚のくさりかたびらが出来かけのままでいるだけでした。一本のイラクサももうのこっていませんでした。そこでもういちど、行きおさめにお寺の墓地へいって、ほんのひとつかみの草をぬいて[#「ぬいて」は底本では「ねいて」]こなければなりません。さすがにエリーザも、ひとりぼっちくらやみのなかをいくことと、あのおそろしい魔物に出あうことをかんがえると、心がおくれました。けれども神さまにたよる信心のかたいように、エリーザの決心はあくまでもかたいものでした。
 エリーザはでかけていきました。ところで、王さまと大僧正もそのあとをつけて行きました。ふたりは、エリーザが格子門こうしもんをぬけて、墓地のなかへ消えていくところをみました。そばへ寄ってみますと、血を吸う魔物どもが、エリーザが見たとおりに墓石のうえにのっていました。王さまはそのなかまにエリーザがいるようにおもって、ぎょっとしました。ついその夕方までも、そのお妃がじぶんの胸にいたことをおもいだしたからです。
「さばきは人民にまかせよう。」と、王さまはいいました。そこで、人民は、「エリーザを火あぶりの刑に処する。」と、いう宣告を下しました。目のさめるようなりっぱな王宮の広間から、くらい、じめじめした穴蔵のろうやへエリーザは押し込められました。風は鉄格子の窓からぴゅうぴゅう吹き込みました。今までのびろうどや絹のかわりに、エリーザのあつめたイラクサの束たばがほおりこまれました。その上にエリーザはあたまをのせることをゆるされました。エリーザの編んだ、かたいとげで燃えるようなくさりかたびらが、羽根ぶとんと夜着になりました。けれどエリーザにとって、それよりうれしいおくりものはありません。エリーザはまたしごとをつづけながらお祈をしました。そとでは、町の悪太郎どもが、わるくちの歌をうたっていました。たれひとりだって、やさしいことばをかけるものはありませんでした。
 ところが、夕方になって、鉄格子のちかくにはくちょうの羽ばたきがきこえました。これはいちばん末のおにいさまでした。おにいさまはいもうとをみつけてくれました。いもうとはうれしまぎれに声をあげて、すすり泣きました。そのくせ、心のなかでは、もうほどなく夜になれば、この世のみおさめだとおもっていました。でも、しごとはもうひといきでしあがります。おにいさまたちはしかもそこへ来ているのです。
 大僧正は王さまと約束して、おわりのときまで、エリーザのそばについていることにしました。それで、このときそばへ寄って来て、そのことをいうと、エリーザは首をふって、目つきと身ぶりとで、どうかでていってもらいたいとたのみました。今夜こそしごとをしあげてしまおう。それでなければせっかくいままでにながしたなみだも、苦しみも、ねむらない夜を明かしたことも、みんなむだになってしまうのです。大僧正はいじのわるい、のろいのことばをのこしてでていきました。でもエリーザはじぶんになんの罪もないことを知っていました。そこでかまわずしごとをつづけました。
 ちいさなハツカネズミが、ちょろちょろゆかの上をかけまわって、イラクサを足のところまでひいいてきてくれました。エリーザのお手つだいをしてくれるつもりでした。すると、ツグミも窓の格子こうしの所にとまって、ひとばんじゅう、一生けんめい、おもしろい歌をうたって、気をおとさないようにとはげましてくれました。
 まだそとは、夜明けまえのうすあかりでした。もう一時間たたなければ、お日さまはのぼらないでしょう。そのとき、十一人のきょうだいは、お城の門のところへ来て、王さまにお目どおりねがいたいとたのみました。けれどもまだ夜があけないのだから、そんなことはできないといわれました。王さまはねむっていらっしゃる、それをおさまたげしてはならないのだというのです。それでもきょうだいはたのんだり、おどかしたりしました。近衛このえの兵隊がでて来ました。いや、そのうちに王さままででておいでになって、どういうわけかとおたずねになりました。するともう、きょうだいたちの姿はみえませんでした。ただ十一羽の野のはくちょうが、お城の上をとびかけって行きました。
 人民たちがのこらず町の門にあつまって来て、魔女の焼きころされるところをみようとひしめきあいました。よぼよぼのやせ馬が一頭、罪人ののる馬車をひいてきました。やがてエリーザはそまつな麻の着物を着せられました。あのうつくしい髪の毛は、きれいな首筋にみだれたまま下がっていました。ほおは死人のように青ざめでいました。くちびるはかすかにうごいていました。そのくせ指はまだみどり色の麻をせっせと編んでいました。いよいよ死刑になりにいく道みちも、やりかけたしごとをやめようとはしませんでした。十枚のくさりかたびらは足の下にありました。いま十一枚目をこしらえているところなのです。人民たちはあつまって来て、口ぐちにあざけりました。
「見ろ、魔女がなにかぶつぶついっている。さんびかの本ももっていやしない。どうして、まだいやな魔法をやっているのだ。あんなもの、ばらばらにひき裂いてしまえ。」
 こういって、みんなひしひしとそばへ寄って来て、くさりかたびらを引き裂こうとしました。そのとき、十一羽の野のはくちょうがさあッとまいおりました。馬車のうえにとまって、エリーザをかこんで、つばさをばたばたやりました。すると群衆はおどろいてあとへ引きました。
「あれは天のおさとしだ。きっとあの女には罪はないのだ。」と、おおぜいのものがささやきました。けれど、たれもそれを大きな声ではっきりといいきるものはありませんでした。
 そのとき、役人が来て、[#「、」は底本では「。」]エリーザの手をおさえました。そこで、エリーザはあわてて、十一枚のくさりかたびらをはくちょうたちのうえになげかけました。すると、すぐ十一人のりっぱな王子が、すっとそこに立ちました。けれどいちばん末のおにいさまだけは片手なくって、そのかわりにはくちょうの羽根をつけていました。それはくさりかたびらの片そでが足りなかったからでした。もうひといきで、みんなでき上がらなかったのです。
「さあ、もうものがいえます。」と、エリーザはいいました。「わたくしに罪はございません。」
 すると、いま目の前におこった出来事を見た人民たちはとうといお上人さまのまえでするように、いっせいにうやうやしくあたまを下げました。けれどもエリーザは死んだもののようになって、おにいさまたちの腕にたおれかかりました。これまでの張りつめた心と、ながいあいだの苦しみが、ここでいちどにきいて来たのです。
「そうです。エリーザに罪はありません。」と、いちばんうえのおにいさまがいいました。
 そこで、このおにいさまは、これまであったことをのこらず話しました。話しているあいだに、なん百万というばらの花びらがいちどににおいだしたような香りが、ぷんぷん立ちました。仕置柱のまえにつみあげた火あぶりの薪に、一本一本根が生えて、枝がでて、花を咲かせたのでございます。そこには赤いばらの花をいっぱいつけた生垣が、高く大きくゆいまわされて、そのいちばんうえに、星のようにかがやく白い花が一りん吹いていました。その花を王さまはつみとって、エリーザの胸にのせました。するとエリーザはふと目をさまして、心のなかは平和と幸福とでいっぱいになりました。
 そのとき、のこらずのお寺の鐘がひとりでに鳴りだしました。小鳥たちがたくさんかたまってとんで来ました。それから、それはどんな王さまもついみたこともないようなさかんなお祝の行列が、お城にむかって練ねっていきました。
挿絵

引用http://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/42385_21524.html

 むかし、あるとき、お金持のあきんどがありました。どのくらいお金持だといって、それは町の大通のこらず銀貨で道をこしらえて、そのうえ横町の小路こうじにまでそれをしきつめて、それでもまだあまるほどの[#「ほどの」は底本では「ほのど」]お金を持っていました。でも、このあきんどは、そんなことはしません。もっとほかにお金をつかうことをかんがえて、一シリングだせば、一ターレルになってもどってくる工夫をしました。まあ、そんなにかしこいあきんどでしたが――そのうち、このあきんども死にました。
 そこで、むすこが、のこらずのお金をもらうことになりました。そうしてたのしくくらしました。毎晩、仮装舞踏会かそうぶとうかいへでかけたり、お札さつでたこをはってあげたり、小石の代りに、金貨で海の水を打ってあそんだりしました。まあこんなふうにすれば、いくらあっても、お金はさっさとにげていってしまうでしょう。とうとうむすこはたった四シリングの身代しんだいになってしまいました。身につけているものといっては、うわぐつ一足と、古どてらのねまきのほかには、なにもありません。こうなると、友だちも、いっしょに往来をあるくことをきまりわるがってまるでよりつかなくなりました。でもなかでひとり、しんせつな友だちがいて、ふるいかばんをひとつくれました。かばんのうえには、「これになにかおつめなさい。」とかいてありました。いやどうもこれはたいへんありがたいことでした。けれど、あいにくなにもつめるものがないので、むすこはじぶんがそのかばんのなかにはいっていました。
 ところが、これが、とんだとぼけたかばんでした。錠前をおすといっしょに、空のうえにまい上がるのです。ひゅうッ、さっそく、かばんはひこうをはじめました。ふわりふわり、かばんはむすこをのせたまま、煙突の穴をぬけて、雲をつきぬけて、とおくへとおくへとんでいきました。でも、かばんの底が、みしみしいうたんびに、むすこは、はらはらしました。途中でばらばらになって、空のうえからまっさかさまに木の葉落しということになったら、すばらしいどころではありません。やれやれこわいこと、まあこんなふうにして、むすこは、トルコの国までいきました。そこでかばんを、ひとまず、森の落ち葉のなかにかくして、町へけんぶつにでかけました。けっこう、そのままのなりでね。なぜなら、トルコ人なかまでは、みんながこの男とおなじように、どてらのねまきをひきずって、うわぐつをはいていましたもの。ところで、むすこがきょろきょろしながらあるいていきますと、むこうから、どこかのばあやが、こども[#「こども」は底本では「こど」]をつれてくるのにであいました。
「ねえもし、トルコのばあやさん。」と、むすこはたずねました。「この町のすぐそとにある大きなお城はどういうお城ですね。ずいぶん高い所に、窓がついていますね。」
「あれは、王さまのお姫さまのおすまいです。」と、ばあやがこたえました。「お姫さまは、お生まれになるさっそく、なんでもたいへん運のわるいおむこさんをおむかえになるという、いやなうらないがでたものですから、そのわるいおむこさんのよりつけないように、王さまとお妃きさきさまがごいっしょにおいでのときのほか、だれもおそばにいけないのでよ。」
「いや、ありがとう。」
 むすこはこういって、また森へもどっていきました。そうして、すぐかばんのなかにはいると、そのままお城の屋根のうえへとんでいって、お姫さまのおへやの窓からそっとなかにはいりました。
 お姫さまは、ソファのうえで休んでいました。それが、いかにもうつくしいので、むすこはついキスしずには、いられませんでした。それで、お姫さまは目をさまして、たいそうびっくりした顔をしました。
 でも、むすこは、こわがることはない、わたしは、トルコの神さまで、空をあるいて、わざわざやって来たのだといいますと、お姫さまはうれしそうににっこりしました。
 ふたりはならんで腰をかけて、いろんな話をしました。むすこはまず、お姫さまの目のことを話しました。なんでもそれはこのうえなくきれいな黒い水をたたえた、ふたつのみずうみで、うつくしいかんがえが、海の人魚のように、そのなかでおよぎまわっているというのです。それから、こんどはお姫さまの額ひたいのことをいって、それは、このうえなくりっぱな広間と絵のある雪の山だといいました。それから、かわいらしい赤ちゃんをもってくるこうのとりのことを話しました。
 そう、どれもなかなかおもしろい話でした。そこで、むすこは、お姫さまに、わたしのおよめさんになってくださいといいました、お姫さまは、すぐ「はい。」とこたえました。「でもこんどいらっしゃるのは土曜日にしていただきますわ。」と、お姫さまはいいました。「その晩は王さまとお妃きさきさまがここへお茶においでになるのですよ。わたしそこでトルコの神さまとご婚礼するのよといって上げたら、おふたりともずいぶん鼻をたかくなさるでしょう。でも、あなた、そのときはせいぜいおもしろいお話をしてあげてくださいましね。両親とも、たいへんお話ずきなのですからね。おかあさまは、教訓のある、高尚なお話が好きですし、おとうさまは、わらえるような、おもしろいお話が好きですわ。」
「ええ、わたしは、お話のほかには、なんにも、ご婚礼のおくりものをもってこないことにしましょう。」と、むすこはいいました。そうして、ふたりはわかれました。でも、わかれぎわに、お姫さまは剣をひとふり、むすこにくれました。それは金貨でおかざりがしてあって、むすこには、たいへんちょうほうなものでした。
 そこで、むすこはまたとんでかえっていって、あたらしいどてらを一枚買いました。それから、森のなかにすわって、お話をかんがえました。土曜日までにつくっておかなければならないのですが、それがどうしてよういなことではありませんでした。
 さて、どうにかこうにか、お話ができ上がると、もう土曜日でした、
 王さまとお妃さまと、のこらずのお役人たちは、お姫さまのところで、お茶の会をして待っていました。むすこは、そこへ、たいそうていねいにむかえられました。
「お話をしてくださるそうでございますね。」と、お妃さまがおっしゃいました。「どうか、おなじくは、いみのふかい、ためになるお話が伺いとうございます。」
「さようさ。だが、ちょっとはわらえるところがあってもいいな。」と、王さまもおっしゃいました。
「かしこまりました。」と、むすこはこたえて、お話をはじめました。そこで、みなさんもよくきくことにしてください――
『さて、あるとき、マッチの束たばがございました。そのマッチは、なんでもじぶんの生まれのいいことをじまんにしていました。けいずをただすと、もとは大きな赤もみの木で、それがちいさなマッチの軸木じゅくぎにわられて出てきたのですが、とにかく、森のなかにある古い大木ではありました。ところでマッチはいま、ほくち箱とふるい鉄なべのあいだに坐っていました。で、こういうふうに、若いときの話をはじめました。マッチのいうには、「そうだ、わたしたちが、まだみどりの枝のうえにいたときには、いや、じっさい、みどりの枝のうえにいたのだからな。まあ、そのじぶんは毎日、朝と晩に、ダイヤモンドのお茶をのんでいた。それはつまり、露のことだがね。さて、日がでさえすれば、一日のどかにお日さまの光をあびる、そこへ小鳥たちがやって来て、お話をしてきかせてくれたものだ。なんでも、わたしたちがたいそうなお金持だったということはよく分かる。なぜなら、ほかの広い葉の木たちは、夏のあいだだけきものを着るが、わたしたちの一族にかぎって、冬のあいだもずっと、みどりのきものを着つづけていたものな。ところが、ある日、木こりがやってきて 森のなかにえらい革命かくめいさわぎをおこした、それで一族は、ちりぢりばらばらになってしまった。でも、宗家そうけのかしらは第一等の船の親柱に任命されたが、その船はいつでも世界じゅう漕こぎまわれるというりっぱな船だ。ほかの枝も、それぞれの職場しょくばにおちついている。ところで、わたしたちは、いやしい人民どものために、あかりをともしてやるしごとを引きうけた。そういうわけで、こんな台所へ、身分のあるわれわれが来たのも、まあはきだめにつるがおりたというものだ。」
「わたしのうたう歌は、すこし調子ちょうしがちがっている。」と、マッチのそばにいた鉄なべがいいました。「[#「「」は底本では欠落]わたしが世の中に出て来たそもそもから、どのくらい、わたしのおなかで煮たり沸かしたり、そのあとたわしでこすられたか分からない。わたしは徳用でもちのよいことを心がけているので、このうちではいちばんの古参と立てられるようになった。わたしのなによりのたのしみは、食事のあとで、じぶんの居場所におさまって、きれいにみがかれて、なかまのひとたちと、おたがいもののわかった話をしあうことだ。バケツだけは、ときどき裏までつれていかれるが、そのほかのなかまは、いつでもうちのなかでくらしている。わたしたちのなかまで新聞種だねの提供者ていきょうしゃは、市場がよいのバスケットだ。ところが、あの男は、政府や人民のことで、だいぶおだやかでない話をする。それで、こないだも、古瓶ふるがめのじいさんが、びっくりしてたなからころげおちて、こなごなにこわれたくらい[#「くらい」は底本では「くい」]だ。あいつは、自由主義だよ、まったく。」
「さあ、きみは、あんまりしゃべりすぎるぞ。」と、ほくち箱が、くちをはさみました。そして、火切石にかねをぶつけたので、ぱっと火花がちりました。
「どうだ、おたがいに、おもしろく、ひと晩すごそうじゃないか。」
「うん、このなかで、だれがいちばん身分たかく生まれてきたか、いいっこしようよ。」と、マッチがいいました。
「いいえ、わたくし、じぶんのことをとやかく申したくはございません。」と、石のスープ入がこたえました。「まあ、それよりか、たのしい夕べのあつまりということにいたしてはどうでございましょう。さっそく、わたくしからはじめますよ。わたくしは、じっさい出あったお話をいたしましょう、まあどなたもけいけんなさるようなことですね。そうすると、たれにもよういにそのばあいがそうぞうされて、おもしろかろうとおもうのでございます。さて、東海は、デンマルク領のぶな林で――」[#「」」は底本では欠落]
「いいだしがすてきだわ。この話、きっとみんなおもしろがるわ。」と、お皿たちがいっせいにさけびました。
「さよう、そこのある、おちついた家庭で、わたくしはわかい時代をおくったものでしたよ。そのうちは、道具などがよくみがかれておりましてね。ゆかはそうじがゆきとどいておりますし、カーテンも、二週間ごとに、かけかえるというふうでございました。」
「あなたは、どうもなかなか話じょうずだ。」と、毛ぼうきがいいました。「いかにも話し手が婦人だということがすぐわかるようで、きいていて、なんとなく上品で、きれいな感じがする。」
「そうだ。そんな感じがするよ。」と、バケツがいって、うれしまぎれに、すこしとび上がりました。それで、ゆかのうえに水がはねました。
 で、スープ入は話をつづけましたが、おしまいまで、なかなかおもしろくやってのけました。
 お皿なかまは、みんなうれしがって、ちゃらちゃらいいました。ほうきは、砂穴からみどり色をしたオランダぜりをみつけてきて、それをスープ入のうえに、花環はなわのようにかけてやりました。それをほかの者がみてやっかむのはわかっていましたが、「きょう、あの子に花をもたしておけば、あしたはこっちにしてくれるだろうよ。」と、そう、ほうきはおもっていました。
「さあ、それではおどるわ。」と、火かきがいって、おどりだしました。ふしぎですね、あの火かきがうまく片足でおどるじゃありませんか。すみっこの古椅子のきれがそれをみて、おなかをきってわらいました。
「どう、わたしも、花環がもらえて。」と、火かきがねだりました、そうして、[#「、」は底本では「。」]そのとおりしてもらいました。
「どうも、どいつもこいつも、くだらない奴らだ。」と、マッチはひとりでかんがえていました。
 さて、こんどはお茶わかしが、[#「、」は底本では「。」]歌をうたう番でした。ところが風をひいているといってことわりました。そうしていずれ、おなかでお茶がにえだしたら、うたえるようになるといいました。けれどこれはわざと気どっていうので、ほんとうは、お茶のテーブルのうえにのって、りっぱなお客さまたちのまえでうたいたかったのです。
 窓のところに、一本、ふるい鵞がペンがのっていました。これはしじゅう女中たちのつかっているものでした。このペンにべつだん、これというとりえはないのですが、ただインキの底にどっぷりつかっているというだけで、それをまた大したじまんの種たねにしていました。
「お茶わかしさんがうたわないというなら、かってにさせたらいいでしょう、おもての鳥かごには、小夜鳴鳥さよなきどりがいて、よくうたいます。これといって教育はないでしょうが、今晩はいっさいそういうことは問わないことにしましょう。」
 すると、湯わかしが、
「どうして、そんなことは大はんたいだ。」と、いいだしました。これは、台所きっての歌うたいで、お茶わかしとは、腹がわりの兄さんでした。「外国鳥の歌をきくなんて、とんでもない。そういうことは愛国的だといえようか、市場がよいのバスケット君にはんだんしておもらい申しましょう。」
 ところで、バスケットは、おこった声で、
「ぼくは不愉快でたまらん。」といいました。「心のなかでどのくらい不愉快に感じているか、きみたちにはそうぞうもつかんだろう。ぜんたい、これは晩をすごすてきとうな方法でありましょうか。家のなかをきれいに片づけておくほうが、よっぽど気がきいているのではないですか。諸君は、それぞれじぶんたちの場所にかえったらいいでしょう。その上で、ぼくが、あらためて司会しかいをしよう。すこしはかわったものになるだろう。」
「よし、みんなで、さわごうよ。」と、一同がいいました。
 そのとき、ふと戸があきました。このうちの女中がはいって来たのです。それでみんな[#「みんな」は底本では「みん」]はきゅうにおとなしくなって、がたりともさせなくなりました。でも、おなべのなかまには、ひとりだって、おもしろいあそびをしらないものはありませんでしたし、じぶんたちがどんなになにかができて、どんなにえらいか、とおもわないものはありませんでした。そこで、
「もちろん、おれがやるつもりになれば、きっとずいぶんおもしろい晩にしてみせるのだがなあ。」と、おたがいにかんがえていました。
 女中は、マッチをつまんで、火をすりました。――おや、しゅッと音がしたとおもうと、ぱっときもちよくもえ上がったではありませんか。
「どうだ、みんなみろよ。やっぱり、おれはいちばんえらいのだ。よく光るなあ。なんというあかるさだ――」と、こうマッチがおもううち、燃えきってしまいました。』
「まあ、おもしろいお話でございましたこと。」と、そのとき、お妃きさきさまがおっしゃいました。「なんですか、こう、台所のマッチのところへ、たましいがはこばれて行くようにおもいました。それではおまえにむすめはあげることにしますよ。」
「うん、それがいいよ。」と、王さまもおっしゃいました。「それでは、おまえ、むすめは月曜日にもらうことにしたらよかろう。」
 まず、こんな[#「こんな」は底本では「こん」]わけで、おふたりとももう、うちのものになったつもりで、むすこを、おまえとおよびになりました。
 これで、いよいよご婚礼ときまりました。そのまえの晩は、町じゅうに、おいわいのイリュミネーションがつきました。ビスケットやケーキが、人民たちのなかにふんだんにまかれるし、町の少年たちは、往来にあつまって、ばんざいをさけんだり、指をくちびるにあてて、口笛をふいたりしました。なにしろ、すばらしいけいきでした。
「そうだ。おれもお礼になにかしてやろう。」と、あきんどのむすこはおもいました。そこで、流星花火だの、南京ナンキン花火だの、ありとあらゆる花火を買いこんで、それをかばんに入れて、空のうえにとび上がりました。
 ぽん、ぽん、まあ、花火がなんてよく上がることでしょう。なんて、いせいのいい音を立てることでしょう。
 トルコ人は、たれもかれも、そのたんびに、うわぐつを耳のところまでけとばして、とび上がりました。
 こんなすばらしい空中現象げんしょうを、これまでたれもみたものはありません。そこで、いよいよ、お姫さまの結婚なさるお相手は、トルコの神さまにまちがいなしということにきまりました。
 むすこは、かばんにのったまま、また森へおりていきましたが、「よし、おれはこれから町へ出かけて、みんな、おれのことをどういっているか、きいてこよう。」とかんがえました。なるほど、むすこにしてみれば、そうおもい立ったのも、むりはありません。
 さて、どんな話をしていたでしょうか。それはてんでんがちがったことをいって、ちがった見方をしていました。けれども、なにしろたいしたことだと、たれもいっていました。
「わたしは、トルコの神さまをおがんだよ。」と、ひとりがいいました。「目が星のように光って、ひげは、海のあわのように白い。」
「神さまは火のマントを着てとんでいらしった。」と、もうひとりがいいました。「それはかわらしい天使のお子が、ひだのあいだからのぞいていた。」
 まったくむすこのきいたことはみんなすばらしいことばかりでした。さて、あくる日はいよいよ結婚式の当日でした。そこで、むすこは、ひとまず森にかえって、かばんのなかでひと休みしようとおもいました。――ところがどうしたということでしょう。かばんは、まる焼けになっていました。かばんのなかにのこっていた花火から火がでて、かばんを灰にしてしまったのです。
 むすこはとぶことができません。もうおよめさんのところへいくこともできません。
 およめさんは、一日、屋根のうえにたって待ちくらしました。たぶん、いまだに待っているでしょう。けれどむすこはあいかわらずお話をしながら、世界じゅうながれあるいていました、でも、マッチのお話のようなおもしろい話はもうつくれませんでした。
挿絵

ひどく寒い日でした。 雪も降っており、すっかり暗くなり、もう夜 ―― 今年さいごの夜でした。 この寒さと暗闇の中、一人のあわれな少女が道を歩いておりました。 頭に何もかぶらず、足に何もはいていません。 家を出るときには靴をはいていました。 ええ、確かにはいていたんです。 でも、靴は何の役にも立ちませんでした。 それはとても大きな靴で、 これまで少女のお母さんがはいていたものでした。 たいそう大きい靴でした。 かわいそうに、道を大急ぎで渡ったとき、少女はその靴をなくしてしまいました。 二台の馬車が猛スピードで走ってきたからです。

片方の靴はどこにも見つかりませんでした。 もう片方は浮浪児が見つけ、走ってそれを持っていってしまいました。 その浮浪児は、いつか自分に子どもができたらゆりかごにできると思ったのです。 それで少女は小さな裸の足で歩いていきました。 両足は冷たさのためとても赤く、また青くなっておりました。 少女は古いエプロンの中にたくさんのマッチを入れ、 手に一たば持っていました。 日がな一日、誰も少女から何も買いませんでした。 わずか一円だって少女にあげる者はおりませんでした。

寒さと空腹で震えながら、 少女は歩き回りました ―― まさに悲惨を絵に描いたようです。 かわいそうな子!

ひらひらと舞い降りる雪が少女の長くて金色の髪を覆いました。 その髪は首のまわりに美しくカールして下がっています。 でも、もちろん、少女はそんなことなんか考えていません。 どの窓からも蝋燭の輝きが広がり、 鵞鳥を焼いているおいしそうな香りがしました。 ご存知のように、今日は大みそかです。 そうです、少女はそのことを考えていたのです。

二つの家が街の一角をなしていました。 そのうち片方が前にせり出しています。 少女はそこに座って小さくなりました。 引き寄せた少女の小さな足は体にぴったりくっつきましたが、 少女はどんどん寒くなってきました。 けれど、家に帰るなんて冒険はできません。 マッチはまったく売れていないし、 たったの一円も持って帰れないからです。 このまま帰ったら、きっとお父さんにぶたれてしまいます。 それに家だって寒いんです。 大きなひび割れだけは、わらとぼろ切れでふさいでいますが、 上にあるものは風が音をたてて吹き込む天井だけなのですから。

少女の小さな両手は冷たさのためにもうかじかんでおりました。 ああ! たばの中からマッチを取り出して、 壁にこすり付けて、指をあたためれば、 それがたった一本のマッチでも、少女は ほっとできるでしょう。 少女は一本取り出しました。  ≪シュッ!≫ 何という輝きでしょう。 何とよく燃えることでしょう。 温かく、輝く炎で、 上に手をかざすとまるで蝋燭のようでした。 すばらしい光です。 小さな少女には、 まるで大きな鉄のストーブの前に実際に座っているようでした。 そのストーブにはぴかぴかした真鍮の足があり、てっぺんには真鍮の飾りがついていました。 その炎は、まわりに祝福を与えるように燃えました。 いっぱいの喜びで満たすように、炎はまわりをあたためます。 少女は足ものばして、あたたまろうとします。 しかし、―― 小さな炎は消え、ストーブも消えうせました。 残ったのは、手の中の燃え尽きたマッチだけでした。

少女はもう一本壁にこすりました。 マッチは明るく燃え、その明かりが壁にあたったところはヴェールのように透け、 部屋の中が見えました。 テーブルの上には雪のように白いテーブルクロスが広げられ、 その上には豪華な磁器が揃えてあり、 焼かれた鵞鳥はおいしそうな湯気を上げ、 その中にはリンゴと乾しプラムが詰められていました。 さらに驚いたことには、 鵞鳥は皿の上からぴょんと飛び降りて、 胸にナイフとフォークを刺したまま床の上をよろよろと歩いて、 あわれな少女のところまでやってきたのです。 ちょうどそのとき――マッチが消え、厚く、冷たく、じめじめした壁だけが残りました。 少女はもう一本マッチをともしました。 すると、少女は最高に大きなクリスマスツリーの下に座っていました。 そのツリーは、 金持ち商人の家のガラス戸を通して見たことのあるものよりもずっと大きく、 もっとたくさん飾り付けがしてありました。

何千もの光が緑の枝の上で燃え、 店のショーウインドウの中で見たことがあるような楽しい色合いの絵が少女を見おろしています。 少女は両手をそちらへのばして――そのとき、マッチが消えました。 クリスマスツリーの光は高く高く上っていき、 もう天国の星々のように見えました。 そのうちの一つが流れ落ち、長い炎の尾となりました。

「いま、誰かが亡くなったんだわ!」と少女は言いました。 というのは、おばあさん――少女を愛したことのあるたった一人の人、いまはもう亡きおばあさん――がこんなことを言ったからです。 星が一つ、流れ落ちるとき、魂が一つ、神さまのところへと引き上げられるのよ、と。

マッチをもう一本、壁でこすりました。 すると再び明るくなり、その光輝の中におばあさんが立っていました。 とても明るく光を放ち、とても柔和で、愛にあふれた表情をしていました。

「おばあちゃん!」と小さな子は大きな声をあげました。 「お願い、わたしを連れてって! マッチが燃えつきたら、おばあちゃんも行ってしまう。 あったかいストーブみたいに、 おいしそうな鵞鳥みたいに、 それから、あの大きなクリスマスツリーみたいに、 おばあちゃんも消えてしまう!」 少女は急いで、一たばのマッチをありったけ壁にこすりつけました。 おばあさんに、しっかりそばにいてほしかったからです。 マッチのたばはとてもまばゆい光を放ち、昼の光よりも明るいほどです。 このときほどおばあさんが美しく、大きく見えたことはありません。 おばあさんは、少女をその腕の中に抱きました。 二人は、輝く光と喜びに包まれて、高く、とても高く飛び、 やがて、もはや寒くもなく、空腹もなく、心配もないところへ――神さまのみもとにいたのです。

けれど、あの街角には、夜明けの冷え込むころ、かわいそうな少女が座っていました。 薔薇のように頬を赤くし、口もとには微笑みを浮かべ、 壁にもたれて――古い一年の最後の夜に凍え死んでいたのです。 その子は売り物のマッチをたくさん持ち、体を硬直させてそこに座っておりました。 マッチのうちの一たばは燃えつきていました。 「あったかくしようと思ったんだなあ」と人々は言いました。 少女がどんなに美しいものを見たのかを考える人は、 誰一人いませんでした。 少女が、新しい年の喜びに満ち、おばあさんといっしょにすばらしいところへ入っていったと想像する人は、 誰一人いなかったのです。

<版権表示>

Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki (結城 浩)
本翻訳は、この版権表示を残す限り、 訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすること一切なしに、 商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められます。

プロジェクト杉田玄白正式参加作品。

<版権表示終り>

23 よい魔女グリンダ、ドロシーの願いをかなえる

  でもグリンダに会いにいくまえに、みんなは部屋の一室に通されて。ドロシーは顔をあらって髪をとかしましたし、ライオンはたてがみからほこりをはらい、かかしは自分をたたいて精一杯かっこうよくして、木こりはブリキをみがいて関節に油をさしたのです。

  みんな見栄えがするようになると、兵隊娘の後について、グリンダがルビーの玉座にすわる大きな部屋にやってきました。

  グリンダは見るからに美しくて若かったのでした。髪は豊かな赤で、くるくると流れるように肩にかかっています。ドレスは純白ですが、青い目は優しそうに少女を見下ろしました。

「どうしたの、おじょうちゃん?」とグリンダはたずねました。

  ドロシーは魔女に何もかも話しました。竜巻がオズの国につれてきたこと、仲間にどうやって出会ったか、そしてみんなが直面したすばらしい冒険のことなど。

「いまのあたしがいちばん望むのは、カンザスに戻ることなんです。エムおばさんはたぶん、何かあたしにひどいことが起きたんじゃないかと思うでしょうし、そうなったら喪に服そうとするでしょう。そして収穫が去年よりよくならないかぎり、ヘンリーおじさんにはとてもそんなお金はないはずなんです」

  グリンダはかがみこんで、心優しい少女の上向きの優しい顔にキスしました。

「その優しい心に祝福を」とグリンダ。「カンザスに戻る方法なら確かに教えてあげられますよ」でもこうつけ加えました。「でも教えたら、金の帽子をわたしにくださいな」

「よろこんで!」とドロシーは叫びました。「だいたいもうあたしには役にたちませんし、あなたはこれを手に入れたら、翼ザルに三回だけ命令ができるんです」

「そしてたぶんわたしが翼ザルたちの助けがいるのも、ちょうど三回だけだと思うわ」とグリンダはにっこりして答えました。

  そしてドロシーは金の帽子をわたして、魔法使いはかかしに言いました。「ドロシーがいなくなったらどうするの?」

「エメラルドの都に戻ります。オズが支配者にしてくれたし、みんなもぼくが気に入っているんです。たった一つ心配なのは、トンカチあたまの丘をどうやってこえようかということです」

「金の帽子を使って、翼ザルたちにあなたをエメラルドの都の門まで運ばせましょう。人々からこんなにすばらしい支配者を奪ってはいけませんものね」とグリンダ。

「ぼくは本当にすばらしいんですか?」とかかしがたずねます。

「非凡ですよ」とグリンダが答えました。

ブリキの木こりのほうを向くとグリンダはたずねます。「ドロシーがこの国を去ったらあなたはどうするのかしら?」

  木こりは斧によりかかってしばらく考えました。それからこう申しました。「ウィンキーたちはとても親切にしてくれたし、邪悪な魔女が死んだあとはわたしに国を治めてほしがっていました。わたしはウィンキーたちが好きですので、西の国に戻れたら、ずっとあの国を治められたらと思うのですが」

「翼ザルへの第二の命令は、あなたをウィンキーたちの国に安全に運ぶことです。脳みそはかかしのものほどは目に見えて大きくないかもしれません。でもまちがいなく輝かしいですし――特に磨いたときにはね――ウィンキーたちをまちがいなく賢明かつ上手に治めることでしょう」

  それから魔女は大きな毛むくじゃらのライオンを見ました。「ドロシーが自分のおうちに戻ったら、あなたはどうするの?」

「トンカチあたまの丘の向こうには、壮大な古い森がありまして、そこに暮らす獣たちはわたしを王さまにしてくれました。あの森に帰れさえしたら、そこで余生をとても幸せに過ごせるでしょう」

「翼ザルへの第三の命令は、あなたを森に運ぶことです。そうしたら金の帽子の力を使い果たしてしまいますから、帽子をサルの王さまに与えましょう。そうすれば翼ザルの群れは今後ずっと自由になれますから」

かかしとブリキの木こりとライオンは、よい魔女の親切に心からお礼をいいました。そしてドロシーも感激しました。

「あなたはお美しいだけでなく本当に善良なんですね! でもまだカンザスへの帰り方を教えてくれていません」

「その銀のくつが砂漠をこえてあなたを運んでくれますよ」とグリンダが答えました。「その力を知っていれば、この国についたその日にでもエムおばさんのところに戻れたんですよ」

「でもそうしたらぼくはこのすばらしい脳みそをもらえなかった!」とかかしが叫びました。「お百姓さんのトウモロコシ畑で一生をすごしていたかもしれない」

「そしてわたしも美しい心が手には入らなかった。あの森に立ってさびたままこの世の終わりを迎えたかも」とブリキの木こり。

「そしてわたしは永遠に臆病だったかもしれない。森中のどんな獣も、わたしについて何もいいことを言ってくれなかったかもしれない」とライオンもきっぱり言いました。

「みんなその通りだわ」とドロシー。「そしていいお友だちのお役にたてたのはうれしいと思う。でもこれでみんな、いちばん欲しかったものが手に入ったんだし、それにみんな治める王国を持てて喜んでいるんだから、あたしはそろそろカンザスに戻りたいんです」

 よい魔女はいいました。「その銀のくつにはね、不思議な力がいろいろあるのよ。なかでもいちばんおもしろいのは、それが世界中のどこへでも三歩で運んでくれることで、その三歩のそれぞれは一瞬のうちに起こるのよ。あなたはかかとを三回うちあわせて、靴にどこへでも行きたいところへ運べと命令すればいいだけ」

「それなら、すぐにカンザスにつれて帰ってくれるように頼むわ」と子供は嬉しそうにいいました。

  ドロシーは腕をライオンの首にまわすとキスをして、大きな頭をやさしくなでました。それからブリキの木こりにもキスをしましたが、こちらは関節にとって実に危険な形で泣いています。でもかかしのペンキの顔にはキスをしないで、やわらかいわらをつめたからだを抱きしめることにしまして、気がつくと愛すべき仲間たちとの悲しい別れで、ドロシー自身も泣いているのでした。

  よいグリンダはルビーの玉座から立ち上がっておりてくると、少女にさよならのキスをして、ドロシーはグリンダが友人たちや自分に示してくれたいろいろな親切のお礼を言いました。

  さてドロシーは重々しくトトをうでに抱きかかえると、最後にもう一度さよならを言ってから、くつのかかとを三回うちつけてこう言いました。

「おうちのエムおばさんのところにつれて帰って!」

  すぐに彼女は宙を舞い、それがあまりに速すぎて、見えるのも感じられるのも耳をかすめる風の音だけでした。

  銀のくつはたった三歩進んだだけで、そしてあまりに急に止まったので、草の上で何回か転げるまで自分がどこにいるのか気がつきませんでした。

  でもゆっくりと、ドロシーは起きあがってあたりを見回しました。

「まあどうしましょう!」と叫びました。

  というのもドロシーはひろいカンザスの平原にすわっていて、目の前にはヘンリーおじさんが、古い家を竜巻にもっていかれた後で建てた新しい農家があったからです。ヘンリーおじさんは納屋でウシの乳しぼりをしていて、トトはドロシーの腕からとびだして、すさまじく吠えながら納屋のほうに走っていきます。

  立ち上がってみると、足はストッキングだけのはだしでした。銀のくつは空中飛行の途中でぬげてしまい、砂漠の中へ永遠に失われてしまったのです。



24 おうちへ帰る

  エムおばさんはちょうど、キャベツに水をやりに家から出てきたところでしたが、顔をあげると自分に向かって走ってくるドロシーが目に入りました。

「愛しい子!」と叫んで、おばさんは少女を抱きしめて顔中にキスをしました。「いったいぜんたいどこからきたんだね?」

ドロシーは重々しく申しました。「オズの国からよ。そしてトトもいるわ。そして、ああエムおばさん! おうちに帰れてほんとうによかった!」


おしまい

22 カドリングたちの国

  旅人たち四人は森の残りを安全にぬけて、暗い中から抜け出して見ると、目の前には急な丘があって、てっぺんからふもとまで大きな岩だらけです。

「これはのぼるのがむずかしそうだ。でもこの丘をこえるしかないなあ」とかかし。

  そこでかかしが先にたち、ほかのみんなが後に続きます。最初の岩にたどりつきかけたとき、荒っぽい声が叫びました。「下がれ!」

「きみはだれ?」とかかしがききました。

  すると岩の上から頭がのぞいて、さっきの声がいいました。「この丘はおれたちのもんだ、だれにも通らせないぞ」

「でもどうしても通らないと。カドリングたちの国にいくんだよ」とかかし。

「いかせはしないぞ」と声は答え、岩のうしろから出てきたのは、旅人たちが見たこともないほどヘンテコな人でした。

  とても背が低くてどっしりしていて、大きな頭をもち、そのてっぺんは平らで、しわだらけの太い首がついています。でも腕はなくて、これを見たかかしは、こんな手も足も出せないような生き物ならみんなが丘にのぼるのを止めることはできないだろうと思いました。そこで「ご希望にそえないのは残念だけれど、きみたちがどう思おうと、ぼくたちはこの丘をこえなきゃならないだよ」と言うと、大胆に前進しました。

  電光石火、男の頭が跳びだして、首がのび、平らな頭のてっぺんがかかしの胴体にぶちあたりまして、かかしはごろごろと丘を転がり落ちてしまいました。跳びだしてきたのと同じくらいすばやく頭は胴体に戻り、男はおそろしげに笑っていいました。「思ったほどかんたんじゃないぞ!」

  騒々しい笑い声がほかの岩から聞こえまして、ドロシーがみまわすと、何百人もの腕なしトンカチ頭たちが、どの岩のかげにも一人ずついるのでした。

  ライオンはかかしの不幸で生じた笑いに腹をたてまして、雷のようにとどろく大きな吠え声をたてると、丘をかけあがりました。

  またもや頭がすごい勢いでとびだしてきて、大きなライオンは、大砲の弾で撃たれたかのように丘を転げ落ちてしまいました。

  ドロシーはかけおりて、かかしを助け起こしました。ライオンも、かなりボロボロで疲れた感じでそこにやってまいりまして「頭の飛び出す連中と戦っても無駄だよ。だれにも耐えられない」と言います。

「じゃあどうしましょう?」とドロシー。

「翼ザルを呼ぼう。あと一回だけ命令できるんだから」とブリキの木こりが提案しました。

「そうね」とドロシーは金の帽子をかぶって魔法の呪文をとなえます。サルたちはいつもながらすばやく、すぐさま群れのみんながドロシーの前に立っていました。

「ご命令は?」と翼ザルの王さまが低くおじぎをしました。

「丘をこえてカドリングの国まで運んで」と少女は答えます。

「おおせのままに」と王さまはいって、すぐに翼ザルたちは四人の旅人とトトを腕にかかえ、いっしょに飛び去りました。丘の上を飛ぶとトンカチ頭たちは腹をたててどなりまして、頭を空高くうちあげましたが、翼ザルたちには届きませんで、ドロシーと仲間たちは安全に丘をこえて、美しいカドリングの国におろされたのです。

「あなたがわれわれを呼び出せるのはこれが最後でした。ですからさようなら、ご幸運を」と首領がドロシーに言いました。

「さよなら、どうもありがとう」と女の子は答えました。サルたちは空にまいあがって、一瞬でかき消えてしまいました。

  カドリングの国は豊かで幸福そうです。どこまでも畑が広がって、穀物が実っています。その間にはきちんと舗装された道路が通り、きれいなさざめく小川にはしっかりした橋がかかっています。柵や家や橋はみんな真っ赤に塗られています。ウィンキーの国が黄色に塗られ、マンチキンの国が青だったのと同じです。当のカドリングたちは、小さくて太って、ぽちゃぽちゃして気のいい人々のようでしたが、みんな赤い服を着ていて、それが緑の草と黄色に熟しつつある穀物によく映えています。

  サルたちはみんなを農場の近くにおろしてくれたので、旅人四人はその農家にいってドアを叩きました。それを開けたのは農夫の奥さんで、ドロシーが何か食べ物をくださいというと、その婦人はおいしい夕食をみんなに食べさせてくれて、ケーキは三種類、クッキーも四種類、トトにはミルクをくれたのでした。

「グリンダの城まではどのくらいですか?」と子供はたずねます。

「すぐそこだよ。南への道をいったらすぐに着くよ」と農夫の奥さんは言いました。

 善良な婦人にお礼をいってから、みんなは元気を取り戻して、畑の横を歩き、きれいな橋をわたるうちに、目の前にとてもきれいなお城が見えてきました。門の前には娘が三人いて、金のふちどりをつけた、かっこいい赤い制服を着ています。ドロシーが近づくと、その一人がこう呼びかけました。

「南の国に何のご用?」

「ここを治めるよい魔女にお目にかかりに」とドロシーは答えました。「連れて行ってくれますか?」

「お名前をどうぞ。グリンダに、お会いになるかきいてきますので」そこでみんなは名を名乗り、兵隊娘は城に入っていきました。そしてすぐに出てくると、ドロシーとその仲間たちはすぐに中に通されることになったと言いました。

21 ライオン、獣たちの王に

  せとものの壁からおりた旅人たちは、沼や湿地だらけで、背の高い不愉快な草におおわれた、あまり気持ちのよくない国にやってきました。歩くとすぐに泥だらけの穴にはまってしまいます。草がおいしげっているので、穴が見えないからです。でも、注意深く道を探すことで、みんな安全に動き続けてしっかりした地面にまでやってきました。でもそこは前にもまして荒れていて、下草の中を長いことくたくたになりながら歩いたあとで、みんなはまた森にやってきましたが、そこの木はこれまで見たどれよりも大きくて古いのでした。

「この森は実にすばらしい」とライオンはうれしそうにあたりを見回してきっぱり言いました。「これほど美しいところは見たことがない」

「陰気に見えるけど」とかかし。

  ライオンは答えました。「そんなことはぜんぜんない。ここでずっと暮らせたらなあ。足の下の落ち葉もやわらかいし、古い木にくっついたコケも深くて緑だろう。野生の獣としてはこれ以上に快適なうちは望めないよ」

「いまもこの森に野生の獣がいるかも」とドロシー。

「いるだろうね。でも一匹も見あたらない」とライオンは答えます。

  暗くて前に進めなくなるまで、一行は森の中を歩いてゆきました。ドロシーとトトとライオンは横になって眠り、木こりとかかしはいつも通り見張りをしました。

  朝になると、また出発です。さほど行かないうちに、低いざわめきが聞こえます。野生の動物がたくさんうなっているかのようです。トトはちょっと鳴き声をあげましたが、他のみんなはだれもこわがりませんで、踏み固められた道をたどるうちに、森の中の広場にやってきましたが、そこでは何百匹ものありとあらゆる種類の獣が集まっておりました。トラやゾウやクマやオオカミやキツネや自然の中のあらゆる動物がいて、一瞬だけドロシーはおびえました。でもライオンは、動物たちが集会を開いているのだと説明しまして、みんなのうなり声やうめき方からみて、みんなずいぶん困っているなと言います。

  ライオンが話していると、獣たちのいちぶがそれを目にして、大集会は魔法のようにすぐに静まりかえりました。いちばん大きなトラがライオンのところにきて、おじぎをしてこう言います。

「百獣の王よ、ようこそ! われらの敵と戦って、森の動物に再び平和を取り戻していただくのに、実によいときにおいでくださいました」

「何を困っているのかね」とライオンは静かにいいます。

  トラは答えました。「われわれみんな、最近この森にやってきた兇暴な敵におびやかされているのです。実に巨大な化け物で、大きなクモのようで、胴体はゾウのように大きく、脚は木の幹のように長いのです。その長い足を八本持つこの怪物は、森の中を這いまわって、脚で動物をつかまえて口元に運び、クモがハエを食べるように食べてしまうのです。この兇暴な生き物が生きているうちは、われわれだれも安全ではありませんので、どうやって身を守ろうかと集会を開いたときに、あなたが通りかかったのです」

  ライオンはちょっと考えました。

「この森にはほかにライオンはいるのか?」とたずねます。

「いいえ。前はいましたが、化け物がみんな食べてしまいました。それに、そのどれも大きさといい勇敢さといいあなたにはかないません」

「わたしがその敵を始末したら、みんなわたしにひざまづいて、森の王者として言うことをきくか?」とライオンはたずねました。

「よろこんでそうしましょう」とトラは答えました。そして他の獣たちもすさまじい声をあげました。「そうしましょう!」

「このでかいクモとやらは、いまどこにいる?」とライオンはたずねました。

「あちらの、カシの木の向こうです」とトラは前足で方向を示しました。

「このわたしの友人たちの面倒をみておいてくれ。わたしはすぐにこの化け物と戦いにいこう」とライオンは言いました。

  仲間にさよならを言うと、敵と戦うためにほこらしげにでかけていったのでした。

  大グモは、ライオンが見つけたときには横になって寝ていました。実に醜い姿だったので、その対戦相手は気持ち悪くて鼻をそむけたほどです。脚はトラが言う通り長いものでしたし、からだはゴワゴワの黒い毛でおおわれています。大きな口には、長さ30センチもある鋭い歯が並んでいます。でもその頭とふくれた胴体とをつないでいる首は、ハチのウェストくらいの細さしかないのです。これを見て、ライオンはこの生き物を攻撃するいちばんいい方法を思いつきまして、目をさました相手よりは寝ている相手のほうが戦いやすいと承知していたので、大きくジャンプするとすぐに化け物の背中に着地しました。そしてその鋭い爪をむきだした、重い前足をひとふりして、クモの頭を胴体からたたき落としてしまいました。そして飛び降りてから、その長い脚がうごめかなくなるまで眺め、ちゃんと死んだことを確かめたのです。

  ライオンは、森の獣たちが待っている広場に戻ると、誇らしげに言いました。

「もう敵をおそれる必要はないぞ」

  すると獣たちはライオンに王として頭を下げまして、ライオンはドロシーが無事にカンザスに向かったらすぐに戻ってきて君臨することを約束しました。

20 優美なせとものの国

  木こりが森で見つけた木ではしごを作っている間、ドロシーは歩きっぱなしで疲れていたので横になって眠りました。ライオンもまた丸まって眠り、トトはその横に寝ていました。

  かかしは働く木こりをながめながら、こう話しかけました。

「どうしてこの壁がここにあるのか、何でできているのか、さっぱりわからないよ」

  木こりは言いました。「頭をやすめて壁のことは心配するなって。のりこえたら、向こう側に何があるかわかるんだから」

  しばらくしてはしごが完成しました。見栄えはしませんでしたが、ブリキの木こりはそれがしっかりしていて、目的には十分だと確信していました。かかしはドロシーとライオンとトトを起こして、はしごができたと告げました。かかしが最初にはしごをのぼりましたが、とてもぶきっちょだったので、ドロシーがすぐ後ろからのぼって、かかしが落ちないようにしてやらなくてはなりませんでした。壁のてっぺんから頭を出したところで、かかしは「あらまあ!」と言いました。

「止まらないでよ!」とドロシーがうながします。

  そこでかかしはさらにのぼって、壁のてっぺんにすわり、ドロシーもまた壁の上に頭を出して、かかしと同じように「あらまあ!」と叫びました。

  そしてトトがあがってきて、すぐに吠えはじめましたが、ドロシーがそれをじっとさせました。

 次にライオンがはしごにのぼりまして、ブリキの木こりが最後でした。でも二人とも壁の向こうを見たとたんに「あらまあ!」と叫びました。壁のてっぺんで一列にすわり、見下ろしていたのはとても不思議な光景だったのです。

 目の前には、広い国が広がっていましたが、そこには大きなお皿の底みたいにすべすべで輝く白い床がありました。全部せとものでできた家がそこらじゅうにあって、実に明るい色で塗られています。とても小さな家で、最大のものでもドロシーの腰ほどしかありません。それにきれいな納屋もあって、せとものの柵で囲ってあります。そしてウシやヒツジやウマやブタやニワトリもたくさんいて、みんなせともの製で、群れになって立っているのです。

  でもいちばん奇妙なのは、この変わった国に住む人々でした。乳しぼりの娘や羊飼いの娘たちがいて、明るい色のコルセットをつけて、上着のそこらじゅうに金の斑点がついています。そして実に豪華な銀や金やむらさきのフロックを着たお姫さまたち。そして羊飼いたちはひざまでの半ズボンをはき、そこにピンクと黄色と青のしまが縦に走っていました。くつの留め金は金色です。そして頭に宝石のついた冠をのせた王子様たちもいまして、アーミン毛皮のローブとサテンのダブレットを着ています。そしてしわくちゃの外とうを着たおもしろい道化師たちは、ほっぺたに丸い赤い斑点をつけて、背の高いトンガリ帽をかぶっています。そして何よりも不思議だったのは、これらの人はみんな、服もなにも全部せとものでできていて。とても小さくていちばん背の高い人でもドロシーのひざほどしかないということです。

 だれも最初は旅人たちに見向きもしません。ただとても大きな頭をした小さいむらさきのせともの犬が壁のところにやってきて、小さな声で吠えていましたが、その後でまた駆け去ってしまいました。

「どうやっておりましょうか?」とドロシーがたずねました。

  はしごは重すぎて引っ張り上げられませんでしたので、かかしが壁からころげおちて、みんなはかかしの上に飛び降りて、硬い床で足をけがしないようにしました。もちろんみんな、かかしの頭の上に着地して針が足にささらないよう苦心はしました。みんなが安全に降りてから、みんなは胴体がかなりぺしゃんこになったかかしを助け上げて、わらをたたいて元通りの形にしてあげました。

「反対側に出るには、この不思議な場所を横切るしかないわ。まっすぐ南に向かう道以外をいくのは賢明でないものね」とドロシー。

  みんなはこのせともの人たちの国を歩きだしまして、最初に出会ったのはせとものの乳しぼり娘がせともののウシの乳をしぼっているところでした。近づいてみると、ウソはいきなり蹴りつけて、椅子とバケツと当の乳しぼり娘をけたおしまして、それがみんなせとものの地面に落ちてがちゃがちゃ大きな音をたてました。

  ウシの脚が折れてしまい、バケツもいくつもの小さなかけらになって転がっていたので、ドロシーはそれを見てショックを受けました。かわいそうな乳しぼり娘も左のひじに傷がついていました。

「ちょっと!」と乳しぼりの娘は怒っていいました。「何してくれたのよ! ウシの脚が折れちゃったから、修理屋にいってのり付けしてもらわなきゃじゃないの。ここにきてうちのウシをおどかすなんて、どういうつもりよ!」

「本当にごめんなさい。許してね」とドロシーは答えました。

  でもきれいな乳しぼりの娘は、カンカンで返事もしません。むっつりと脚をひろいあげるとウシを追い立てて、そのあわれな動物は三本脚でひょこひょこと歩いていきます。離れながらも、乳しぼりの娘は肩越しになんども恨めしげな視線をぶきっちょなよそ者に向けて、傷ついたひじをわきにしっかり抑えていました。

  ドロシーはこの事故を大いに悲しく思いました。

「ここではとても気をつけないと」と心の優しい木こりがいいました。「このきれいな人々を傷つけたら立ち直れなくなるぞ」

  ちょっと先には実にきれいな衣装のお姫さまがいましたが、よそ者たちを見ると手前で立ち止まり、逃げだしました。

  ドロシーはもっと王女さまを見たかったので、走って追いかけました。でもせとものの女の子はこう叫びました。

「追いかけないで! 追いかけないで!」

  その声は実におびえた小さな声だったので、ドロシーは立ち止まってききました。「どうして?」

「どうしてって」と王女さまも、安全なだけ離れたところで立ち止まってこたえました。「走ったら転んで壊れるかもしれないでしょう」

「でも修理できないの?」と少女。

「そりゃできますとも。でも修理の後では前ほどきれいじゃなくなりますから」と王女さまは答えました。

「それもそうね」とドロシー。

「ほら、あそこにジョーカーさんがいるわ。うちの道化師の一人よ」とせとものの婦人は続けました。「いつもさかだちしようとしているのよ。もう何度もこわれすぎて百カ所くらい修理されたから、ちっともきれいじゃないでしょう。ほらきた。ご自分の目でごらんなさいな」

 確かに、陽気で小さな道化師が二人のほうに歩いてきまして、赤と黄色と緑のきれいな服をきてはいても、そこらじゅうひびわれだらけで、それが前後左右あらゆる方向に走り、いろんな場所を修理されていることをはっきり示していました。

 道化師はポケットに手を入れて、ほっぺたをふくらませて生意気そうにうなずいてみせたあとで、こう言いました

「きれいなおじょうさん
 なぜこのあわれな老ジョーカーさんを
 じろじろごらんになるんだね?
 
しかもまるで身動きもせず
妙にすましかえって
火かき棒でも飲み込んだかね?」
「おだまりなさい! この人たちはよそものなんだから、敬意をもって扱うべきなのよ!」

「なるほどこれが敬意でごぜーい」と道化師はきっぱり言って、すぐにさかだちしました。

「ジョーカーさんは気にしないでね」とお姫さまはドロシーに言いました。「頭にひどくひびが入っていて、そのせいでバカになってるのよ」

「あら、あたしはちっとも気にしないわ。でもあなたはとっても美しいわね」とドロシーは続けました。「とってもだいじにしてあげられると思うの。カンザスに持って帰って、エムおばさんの暖炉の上に置かせてもらえませんか? バスケットに入れて運んであげられるわ」

「そうしたらあたしはとても不幸せになるわ」とせとものの王女さまは答えました。「というのも、この国にいれば思いのままに暮らせて、好き勝手にしゃべったり動いたりできるわ。でもあたしたちがここから連れ去られると、関節がすぐにカチカチになって、まっすぐ立ってきれいに見えることしかできなくなるの。もちろん、暖炉やたなや居間のテーブルに置かれているときにはそれ以上のことは期待されてないのだけれど、でもこの自分たちの国にいたほうがずっと快適に暮らせるわ」

「あなたを不幸せにするなんて死んでもできないわ!」とドロシーは叫びました。「だからさようならと言うだけにします」

「さようなら」と王女さまが答えました。

  みんなは注意してせとものの国を通り抜けました。小動物や人々もみんな、よそ者にこわされるのをおそれて、われさきに道をあけます。そして一時間かそこらで、旅人たちは国の反対側について、またせとものの壁につきあたりました。

  でも最初のものほどは高くなかったので、ライオンの背中に立つとみんななんとかてっぺんによじ登れました。それからライオンがうんとしゃがんで、壁にとびのりました。でもちょうど飛んだところで、しっぽでせとものの教会をひっくり返し、こなごなに砕いてしまいました。

「あらあら」とドロシー。「でも本当のところ、ウシの脚を折って教会をつぶしだけで被害がすんだのは運がよかったと思うわ。みんなとってももろいんだもの!」

  かかしも言いました。「確かにそうだね。じぶんがわら製で簡単にはこわれなくてありがたいよ。世の中にはかかしでいるよりひどいことってのがあるんだなあ」

19 たたかう木に攻撃される

  次の朝、ドロシーはきれいな緑の少女にお別れのキスをして、みんな緑のヒゲの兵隊と握手をし、兵隊は門のところまでついてきてくれました。またもや出会った門の守備兵は、この美しい町をあとにしてまた面倒ごとにでかける一同をとても不思議に思いました。でもすぐにめがねの鍵をはずして、緑の箱におさめ、道中の無事をたっぷり祈ってくれたのです。

「あなたはもうわたしたちの支配者でいらっしゃるのですから」と守備へはかかしに言いました。「できるだけはやく戻ってきてくださいよ」

「できるなら確かにそうしよう。でもまずはドロシーがおうちに帰るのを助けないと」とかかしは答えました。

  ドロシーは人のいい守備兵に最後のお別れをするにあたって、こう言いました。

「この美しい町ではとても親切な扱いを受けましたし、みんなとてもよくしてくれました。どれほど感謝しているか、口では言えないほどです」

「言うまでもないよ、おじょうさん」と守備兵は答えました。「わしたちもあんたに残って欲しいんだが、カンザスに戻りたいというんなら、道がみつかりますように」そして外壁の門を開けたので、みんな前進して旅に出発しました。

  友人たちが南の国に顔を向けると、太陽がまばゆく照ります。みんな意気揚々で、笑ってはおしゃべりしました。ドロシーは再び家に帰れるという希望いっぱいで、かかしとブリキの木こりはドロシーの役にたてるのがうれしかったのです。ライオンはというと、新鮮な空気を喜んでかぎ、いなかにまたこられたという純粋な喜びでしっぽを左右にふるのでした。そしてトトはみんなのまわりを走ってガやチョウを追いかけ、いつも楽しげに咆えていました。

「都会の暮らしはまったく性に合わんよ」とライオンは、足早に歩きながら言いました。「あそこに暮らしてだいぶ肉が落ちたから、ほかの獣に自分がどれだけ勇敢になったかを見せたくてたまらないんだ」

  みんなふりかえってエメラルドの都を最後にもう一度ながめあした。見えたのは、緑の壁の向こうにある塔や屋根のかたまりだけで、他のすべてのずっと上にはオズの宮殿の尖塔やドームが見えました。

「考えてみればオズはそんなに悪い魔法使いじゃなかった」とブリキの木こりは、胸の中でカタカタいう心を感じながらいいました。

「ぼくに脳みそをくれる方法も知ってたしね。それもとってもいい脳みそだよ」とかかし。

「わたしにくれたあの勇気を、オズも自分でのめばよかったんだ。そうすれば勇敢な人物になれたのに」とライオン。

  ドロシーは何も言いませんでした。オズはドロシーとの約束は果たしてくれませんでしたが、できるだけのことはしてくれたので、許してあげることにしたのです。オズが自分でも言っていたように、だめな魔法使いではあっても、善人ではあったのですから。

  初日の旅は、エメラルドの都の四方に広がる緑の草原と明るい花畑を通るものでした。その夜は草の上で眠り、頭上には星しかありません。そしてみんなしっかりと休みました。

  朝になってみんなが旅を続けるうちに、深い森にやってきました。目の届く限り左右に広がっているので、よけて通るわけにもいきません。それに、迷子になるのがこわかったので、旅の方向は絶対に変えたくありませんでした。そこで森に入るのに楽そうな場所を探しました。

  先頭にいたかかしは、やっとのことで枝を大きく広げた木を見つけました。広がった枝の下はみんなが通れそうなくらい開いています。そこでその木に向かって歩きましたが、最初の枝の下にきたとたん、それが曲がって下りてきて、かかしにからみつき、次の瞬間には地面から持ち上げられて、頭から旅仲間たちのところに放り出されてしまいました。

  かかしはけがはしませんでしたが、びっくりはしまして、ドロシーが助け起こしたときにもちょっと目を回している様子でした。

「木のすきまならこっちにもあるぞ」とライオン。

「まずはぼくが試そう」とかかしが言いました。「ぼくは投げられても痛くないから」そう言いながら別の木のほうに歩きましたが、その枝もすぐにかかしをつかまえて、また投げ戻します。

「変ねえ。どうしましょう」とドロシー。

「木はわれわれと戦って、旅をじゃまするつもりらしいぞ」とライオン。

「ではわたしが試してみよう」と木こりは斧をかついで、かかしを手荒に扱った最初の木のところに向かいました。大きな枝が曲がってくると、木こりは思いっきり斧で斬りつけてまっぷたつにしてしまいました。すぐに木は、痛がっているかのように枝をぜんぶふるわせだし、ブリキの木こりはその下を安全に通り抜けたのです。

「おいで、急いで!」と木こりは他のみんなにどなりました。みんな走ってけがもせずに木の下を通り抜けましたが、トトだけは小さな枝につかまって、遠吠えするまでゆすぶられました。でも木こりはすぐにその枝を切り落とし、子犬を自由にしてあげました。

  森の他の木は何もじゃまするようなことはしませんでしたので、枝を曲げられるのは最初の列の木だけなんだと思いました。たぶんあれは森のおまわりさんで、よそものを閉め出すためにあのような不思議な力を与えられているのでしょう。

  旅人四人は楽々と木の間を歩きましたが、やがて森の向こう端にたどりつきました。すると驚いたことに、そこには高い壁があって、どうも白いせとものでできているようです。お皿の表面のようにつるつるで、みんなの頭よりも高い壁でした。

「さあどうしましょう?」とドロシー。

「はしごを作るよ。これはどうしても壁を越えるしかないもの」とブリキの木こり。

18 南の国へ

  ドロシーは、またもやカンザスに戻る希望が消えたのでおいおいと泣きました。でも考え直してみると、気球で空に舞い上がらなくてよかったと思いました。そしてオズがいなくなって悲しく思いまして、それは仲間たちも同じでした。

  ブリキの木こりがやってきて言いました。

「美しい心をくれた人物のために嘆かなかったら、まさに恩知らずになってしまう。オズがいなくなったので少し泣きたいので、さびないように涙をぬぐってくれないかな」

「喜んで」とドロシーは答えてすぐにタオルを持ってきました。そしてブリキの木こりは数分ほど泣きまして、ドロシーは注意して涙を見張り、タオルでぬぐってあげました。終わると、木こりはていねいにお礼をいって、宝石をちりばめた油さしでたっぷりと油をさし、まちがいが起こらないようにしたのでした。

  かかしはいまやエメラルドの都の支配者で、魔法使いではなくても人々はかかしをほこりに思っていました。「だって世界中どこをさがしても、詰め物をした人が治める町なんか二つとないからな」と言って。そしてかれらの知る限り、これはまさにその通りでした。

  気球がオズといっしょに昇天した次の朝、四人の旅人たちは玉座の間に集まって話し合いました。かかしは大きな玉座にすわり、ほかのみんなは敬意をこめてその前に立っています。

 新しい支配者は言いました。「ぼくたちは別に運が悪いわけじゃないよね。この宮殿とエメラルドの都はぼくたちのものだから、好き勝手にしていいんだし。ほんの少し前にはお百姓さんのトウモロコシ畑の中でぼうに突き刺さっていたのを思い出し、それがいまやこの美しい町の統治者だと思うと、ぼくは自分の身の上に大満足だよ」

「わたしもまた、自分の新しい心に大満足だ。そして実際、世界で他に何一つ望むものはなかった」

「わたしはといえば、自分がこの世に生まれたどんな獣に勝るとも劣らないくらい勇敢だと知るだけで満足だよ」とライオンは慎ましくいいました。

「あとはドロシーさえエメラルドの都に暮らすのに満足なら、みんな幸せになれるのになあ」とかかしが続けました。

「でもあたしはここには住みたくないのよ。カンザスにいって、エムおばさんとヘンリーおじさんといっしょに暮らしたいの」とドロシーは叫びます。

「うーん、だったらどんな手があるかな?」と木こりがききました。

  かかしは考えることにしました。そしていっしょうけんめい考えたので、針やピンが脳みそから飛び出してきました。ついにこう言いました。

「翼ザルを呼んで、砂漠の向こうまで運んでもらったらどう?」

  ドロシーは嬉しそうにいいました。「それは思いつかなかったわ! まさにそれよ! すぐに金の帽子を取ってくる」

  それを玉座の間にもってきて呪文を唱えると、すぐに翼ザルの群れが開いた窓から飛び込んできて横に立ちました。

「二度目のお呼びですよ」とサルの王さまは、少女の前でおじぎしました。「お望みは?」

「いっしょにカンザスまで飛んでちょうだい」とドロシー。

  でもサルの王さまはかぶりをふりました。

「それはできません。われわれはこの国だけの存在なので、ここを離れることはできないのです。カンザスは翼ザルの居場所ではないから、いままでいたことがありませんし、今後もないと思いますよ。できる限りのお手伝いは喜んでしますが、砂漠を越えることはできないのです。さようなら」

  そしてもう一度おじぎをすると、サルの王さまは翼を広げて窓から飛び去り、群れもそのあとにしたがいました。

  ドロシーはがっかりして泣きそうでした。「金の帽子の呪文をむだづかいしただけだったわ。翼ザルは役にはたてないって」

「それは残念至極だねえ」と心優しい木こりは言いました。

  かかしはまた考えこんで、頭が実にひどくふくれあがったので、破裂するんじゃないかとドロシーははらはらしました。

「緑のひげの兵隊を呼んで、意見をきこう」とかかし。

  そこで兵隊がよばれて、びくびくしながら玉座の間にやってきました。オズが生きているうちは、戸口から中に入ることは決して許されなかったからです。

かかしは兵隊にいいました。「この女の子は砂漠をこえたいんだって。手はあるかな?」

  兵隊は答えました。「わたしにはわかりません。オズご自身以外はだれも砂漠をこえたことがないのですから」

「もうだれも助けてくれないのかしら」ドロシーは心からたずねました。

「グリンダならあるいは」と兵隊が提案しました。

「グリンダって?」とかかしがききます。

「南の魔女ですよ。あらゆる魔女の中で最強で、カドリングたちを治めています。それにグリンダの城は砂漠のふちに建っているから、越える方法も知っているかも」

「グリンダは確かよい魔女だったわよね?」と子供はたずねました。

「カドリングたちはよい魔女だと思っていますよ。みんなに親切ですし。聞いたところでは、グリンダは美しい女性で、何年も生きているのに若いままでいられる方法を知っているとか」と兵隊。

「その城にはどうすれば行けるの?」とドロシーがききました。

「まっすぐ南へ道をとるんです。でも旅人にとっては危険だらけの道だそうですよ。森には野生の獣がいるし、国をよそものが通るのをきらう変な人たちの種族もいるとか。だからカドリングはだれもエメラルドの都にきたことがないんです」

  そして兵隊がそこを後にすると、かかしは言いました。

「どうも、危険はあるにしても、ドロシーにとっていちばんいいのは南の国に旅してグリンダに助けてもらうことのようだね。だってもちろん、ここにいたらドロシーは絶対にカンザスに帰れないものね」

「おやまた考えてたな」とブリキの木こり。

「そのとおり」とかかし。

「わたしはドロシーと行くよ。もうこの町は飽き飽きだ。森やいなかにまた行きたくてたまらないんだよ。わたしはホントは野生の獣なんだからね。それにドロシーはだれかがまもってやらないと」

  ブリキの木こりも同意します。「確かにその通り。わたしの斧も役にたつだろうから、わたしもいっしょに南の国へ行こう」

「ぼくたちの出発はいつだい?」とかかしがたずねます。

「きみも行くの?」みんなびっくりしてききました。

「もちろん。ドロシーがいなければ、ぼくは絶対に脳みそを手に入れられなかっただろう。あのトウモロコシ畑のさおから持ち上げて、エメラルドの都につれてきてくれたんだ。だからぼくのツキはすべてドロシーのおかげだし、無事にカンザスに送り出すまではずっとついててあげるんだ」

  ドロシーは感激して言いました。「ありがとう。みんなとても親切ね。でもできるだけはやく出発したいの」

  かかしはすぐに答えました。「明日の朝に出発だ。ではみんな準備にかかろう。長旅になるぞ」

17 とびたつ気球

  三日にわたって、ドロシーにはオズから何の連絡もありません。少女にとっては悲しい日々でした。でも友だちはみんな、とっても幸せで満足していました。かかしは、頭の中にすばらしい考えがわいてくると話します。でも、自分以外にはだれもわからないから、とそれを話してはくれません。ブリキの木こりがそこらを歩くと、胸の中で心がガタガタ言っているのが感じられました。そして木こりに言わせると、それは木こりが肉だった頃にもっていたものよりも優しく繊細な心なのだそうです。ライオンはもうこの世の何もこわくなく、どんな軍隊でもおそろしいカリダを一ダースでも喜んで相手にするぞと宣言しました。

 こうして一行のそれぞれは、ドロシー以外みんな満足しておりましたが、ドロシーは前にもましてカンザスに帰りたくてたまりませんでした。

  四日目に、オズがよびにきたのでドロシーは大喜びでした。そして玉座の間に入ると、オズは気持ちよく歓迎してくれました。

「おすわり、おじょうちゃん。ここから連れ出してあげる方法が見つかったと思うよ」

「カンザスに戻れるの?」ドロシーはわくわくしてたずねました。

「うーん、カンザスかどうかはわからん。それがどっちにあるものやら、皆目見当もつかないもんでな。でもまずは砂漠を越えることだ。そうすれば家に帰り着くのは簡単だろう」

「どうやって砂漠を越えるの?」ドロシーは問いつめます。

「うん、思うにだな、この国にわしがきたときは気球にのってやってきた。あんたも竜巻に運ばれて、空からやってきただろう。だから砂漠越えのいちばんいい方法は、空だと思うんだ。さて、竜巻を起こすのはわしの手には余る。だがよく考えてみたんだが、気球なら作れると思うんだよ」

「どうやって?」とドロシー。

「気球は絹でできていて、ガスを逃がさないようにのりを塗ってあるのだよ。この宮殿に絹はたくさんあるから、気球づくりは簡単だ。でもこの国中のどこにも、気球を浮かすのに詰めるためのガスがない」

「浮かばなければ役には立たないわ」とドロシーがいいます。

「その通りだよ。でも浮かばせる方法がもう一つあって、それは熱い空気を入れることだ。熱い空気はガスほどはよくない。空気が冷えたら、気球は砂漠におりてしまって、わしらは迷子になっちまう」

「わしら!」と少女は叫びました。「あなたもいっしょにくるんですか?」

「うんもちろん。わしもこんなペテン師でいるのは飽きた。この宮殿から外に出たら、やがて臣民たちはわしが魔法使いでないのを知って、だましたわしに腹をたてるだろう。だから一日中ここの部屋に閉じこもってなきゃならんので。退屈でかなわん。いっしょにカンザスに戻ってサーカスに入るほうがずっといい」

「喜んでごいっしょにどうぞ」とドロシー。

「ありがとう。さて、絹を縫うのを手伝ってくれないか。気球づくりにとりかかろう」

  そこでドロシーは針と糸を手にとって、オズが絹の帯を正しい形に切るがはやいか、それをきれいに縫い合わせたのです。最初は薄緑の絹で、次は濃い緑の帯、そしてエメラルドグリーンの帯。というのもオズは気取って、風船をさまざまな濃さをもった身の回りの色にしようと思ったからです。帯を全部ぬいあわせるには三日かかりましたが、完成すると長さ7メートル以上の大きな緑の絹の袋ができました。

  それからオズは内側にうすい糊をぬって膜をつくって空気がもれないようにして、それから気球ができたと宣言しました。

「でもわしらが乗るためのかごがないとな」というと、緑のひげを持った兵隊に、大きなせんたくかごをを持ってこさせまして、それをたくさんの縄で気球の底につなぎました。

  準備万端ととのうと、オズは臣民に対して、雲の中に住む大兄弟魔法使いを訪ねると宣言しました。そのしらせは町中にすぐ広まって、みんなそのすばらしい光景を見物にきました。

  オズは気球を宮殿の前に運ばせて、みんな物珍しそうにそれをながめます。ブリキの木こりが薪の山を切ってきて、たき火をおこし、オズは気球の底を火の上にもってきて、そこからたちのぼる熱い空気が絹の袋に入るようにしました。やがて気球はふくれあがって宙に浮き、とうとうかごがやっと地面にふれているだけとなりました。

  そしてオズはかごに入ってから、みんなに大声で言いました。

「ではこれから訪ねるので出かけるぞ。留守のあいだはかかしがみんなを治める。わたしにしたがうのと同じようにかかしにもしたがうよう命令する」

  そのときにはもう気球は地面につなぐ縄を強く引っ張っていました。中の空気が熱くて、外の空気よりもずっと重さが軽くなっていたので、空にあがりたくて引っ張るのです。

「ドロシー、おいで!」と魔法使いが叫びました。「急いで、気球が飛んでしまう!」

「トトが見つからないのよ!」ドロシーは子犬を残していきたくはなかったのです。トトは子ネコに吠えようとして群衆の中にかけこんでしまい、ドロシーはやっとのことでそれを見つけました。そして抱え上げると気球のほうに走っていきました。

  あと数歩というところまできて、オズがかごに入るのを助けようと手を伸ばしていたのですが、そこで縄がぷつん! と切れて、気球はドロシーを待たずに宙にまいあがりました。

「戻ってきて! あたしも行きたいの!」とドロシーは叫びました。

「無理だよ、おじょうちゃん」とオズはかごから言います。「さようなら!」

「さようなら!」とみんなも叫び、みんなかごに乗った魔法使いのほうを見上げ、それが一瞬毎にどんどん空に上がっていくのを見送りました。

  そしてみんながすばらしい魔法使いオズを見たのはそれが最後でした。オマハに無事ついたのかもしれませんし、いまもそこにいるのかもしれませんね。でもここの人々はみんな愛情をこめてオズを思い出しながら、こう言い合ったものです。

「オズはいつでもわれわれの友だなあ。ここにいたときにはこの美しいエメラルドの都を作ってくれたし、去ったときには国を治めるのに賢いかかしを残してくれたんだから」

  それでも、何日にもわたってみんなすばらしい魔法使いがいなくなったことを嘆き、なかなか元気になりませんでした。

16 大ペテン師の魔術

  翌朝、かかしは友人たちにこういいました。

「お祝いしておくれ。これからオズのところにいってついに脳みそをもらうんだ。戻ってきたら、他の人並みになってるぞ」

「もともとそのままのあなたが気に入っていたのに」とドロシーはあっさりいいました。

「かかしを気に入ってくれるとはご親切にどうも。でも新しい脳みそが生み出すすばらしい考えをきいたら、ぼくにまちがいなく一目おくようになるよ」とかかしは言って、みんなに楽しげにさよならを告げると玉座の間にむかい、ドアを叩きました。

「お入り」とオズ。

  かかしが部屋に入ると、小男は窓辺にすわってじっと考えこんでいます。

「脳みそをもらいにきましたよ」とかかしは、ちょっと不安に思いながらも言いました。

「おおそうだね。そこの椅子におすわり。ちょっと失礼してあんたの頭をはずすが、脳をちゃんとした場所に入れるにはこうするしかないもんでな」

「かまいませんよ。次に取り付けたときにましなものになってるなら、どうぞ頭をはずしてくださいな」とかかし。

 そこで魔法使いはかかしの頭をはずし、わらを全部取り出しました。そして裏部屋に入ると飼料(しりょう) をいっぱい取り出して、そこにたくさんの針やピンを混ぜました。それをしっかりゆすって混ぜると、かかしの頭のてっぺんにその混ぜものを詰めてから、残りの部分にわらをつめてそれを固定しました。

  かかしの頭を胴体につけなおすと、オズはこう告げました。「これからあんたは偉大な人物になるぞ、あんたにあげたのは思慮(しりょう)深い脳みそだからな」

  かかしは最大の望みがかなえられたので嬉しくもあり、誇らしくもありましたので、オズに心から感謝して友だちのところに戻りました。

  ドロシーはおもろそうにかかしをながめました。頭のてっぺんが脳みそでかなりふくれあがっているのです。

「気分はいかが?」

  かかしはまじめそうに答えました。「実に賢い気分だよ。脳みそになれたらもうなんでもわかるはず」

「なんで頭から針やピンが突きだしてるんだい?」とブリキの木こり。

「鋭い頭の証拠だよ」とライオン。

「ではわたしもオズに心をもらってこなければ」と木こりは言いました。そして玉座の間に向かうと戸を叩きました。

「お入り」とオズが呼ぶと木こりは部屋に入って「心をもらいにきました」と言いました。

「よかろう」と小男。でも胸を切って穴をあけないと、心をちゃんとした場所に入れられないんだよ。痛くないといいがな」と小男は言いました。

「いやいや。何も感じませんよ」と木こり。

  そこでオズは金切りばさみを取り出して、ブリキの木こりの胸の左側に、小さな四角い穴を開けました。それからひきだしのついたたんすのところへ行くと、きれいな心を取り出しました。それは全部絹でできていて、おがくずがつまっています。

「なんともきれいじゃないか?」

  木こりはおおいに喜びました。「ええ、本当にきれいです! でもやさしい心なんでしょうか?」

「ああそりゃもう!」とオズは答えて、心を木こりの胸に入れると、切り抜いたブリキをもとに戻して切り口をきれいにハンダづけしました。

「そら。これであんたはだれでも誇りに思うような心の持ち主だ。胸に継ぎをあてなきゃならなかったのはご愁傷様だが、ほかにどうしようもなくてな」

「継ぎはかまいませんよ」と幸せな木こりは叫びました。「心から感謝しますよ、ご親切は決して忘れません」

「なんのなんの」とオズは答えます。

  そしてブリキの木こりは友人たちのもとへと戻り、みんな木こりの幸運を心底喜んであげたのでした。

  こんどはライオンが玉座の間に向かい、ドアを叩きました。

「お入り」とオズ。

「勇気をもらいにきましたよ」とライオンは部屋を入るなり宣言しました。

「よろしい。あげよう」と小男は答えます。

  オズは食器棚へ行くと、高い棚にある四角い緑のびんをおろして、その中身を美しい彫り物のされた緑金色のお皿に注ぎました。それを臆病ライオンの前におくと、ライオンはそれをくんくんかいで気に入らない様子でしたが、魔法使いはこう言いました。

「お飲み」

「これはなんです?」とライオン。

「うむ。あんたの中にあったらこれは勇気になる。もちろんご存じの通り、勇気はつねにその人の中にあるんだよ。だからこれはあんたが飲まないと勇気とはいえない。というわけで、さっさと飲むようにおすすめするぞ」

  ライオンはもうためらうことなく、お皿を飲み干しました。

「気分はどうだね」とオズ。

「勇気りんりん」とライオンは答え、大喜びで友だちのどころに戻って身の幸運を語るのでした。

オズは一人になると、かかしやブリキの木こりやライオンに、ずばり自分たちがほしいと思ったものをあげるのに成功したことを考えてにっこりしました。「こういう連中がみんな、できないとだれでも知ってることをやらせようとするんだから、こっちだってペテン師になるしかないだろうが。かかしとライオンと木こりを幸せにするのは簡単だった。だって、わしが何でもできると思いこんでおったからな。でもドロシーをカンザスに送り返すには、想像力だけじゃ無理だし、どうすればいいのかわからないことしかわからんぞ」

15 恐ろしきオズの正体

  四人の旅人たちは、エメラルドの都の大門に歩みよって、呼び鈴を鳴らしました。何度か鳴らしたあとで、前に会ったのと同じ門の守備兵が開けてくれました。

「なんと! 戻ってきたのかい?」と守備兵はおどろいてたずねました。

「ごらんの通りですよ」とかかし。

「でも西の邪悪な魔女を訪ねていったと思ったが」

「確かに訪ねましたよ」とかかし。

「あの魔女がだまって帰してくれたと?」守備兵は不思議そうにたずねます。

「魔女はそうするしかなかったんですよ。だってとけちゃったんですから」とかかしが説明します。

「とけた! なんと、それは実によいしらせだ。だれがとかした?」

「ドロシーだよ」とライオンが重々しく言いました。

「信じられん!」と男は叫び、ドロシーの前に深々と頭を下げました。

  それから小さな部屋に案内して、ちょうど前と同じように、大きな箱のメガネをみんなの目に鍵をかけてはめました。その後で、みんなは門を通ってエメラルドの都に入ったのです。門の守備兵から、ドロシーが西の邪悪な魔女をとかしてしまったときくと、人々はいっせいに旅人たちのまわりにむらがって、大群衆となってオズの宮殿までついてきました。

  扉の前では緑のひげの兵隊がまだ見張りをしていましたが、すぐに一行を入れてくれて、またもやあのきれいな緑の少女に迎えられ、これまたすぐに各人を前と同じ部屋に案内してくれて、オズが一行に会う準備ができるまで休憩できるようにしてくれました。

  兵隊はドロシーをはじめとする旅人たちが、邪悪な魔女をたおして戻ってきたことをすぐにオズに伝えました。でもオズは何も返事をしません。みんな、大魔法使いがすぐに呼びにくると思っていましたが、そうはなりませんでした。次の日も何もなく、その次の日も、その次の日も。待っているのは退屈でつかれてしまいますし、とうとうみんな、オズの命令のためにつらい思いをして奴隷にまでされたのに、こんなひどい仕打ちを受けたことで頭にきてしまいました。そこでかかしはついに緑の少女に、オズに次のメッセージを伝えてくれと頼みました。オズがすぐにみんなを入れて会ってくれなければ、翼ザルを呼んで助けてもらい、オズが約束を守ったかどうか調べるぞ、という伝言です。魔法使いはこの伝言をきくと縮み上がって、すぐに翌朝九時を四分過ぎた時刻に玉座の間にくるようにと伝えてよこしたのでした。オズは翼ザルと西の国で対決したことがあり、二度とそれをくりかえしたくはなかったのです。

  四人の旅人たちは眠れぬ夜をすごしました。みんな、オズが自分に与えると約束してくれた贈り物のことを考えていたのです。ドロシーは一回まどろんだだけで、そのときにもカンザスにいる夢を見ました。そこではエムおばさんが、少女が家に戻ってきてくれてどんなにうれしいかを語っていたのでした。

  翌朝九時きっかりに、緑のひげの兵隊がやってきて、四分後にみんな大オズの玉座の間に通されました。

  もちろんみんなそれぞれ、前に会った姿で魔法使いが出てくると期待していましたので、見回しても部屋にだれもいないのを見てみんなとてもおどろきました。戸口の近くで四人は固まっていました。というのも、空っぽの部屋の静けさは、それまで見たオズのどんな姿よりもおそろしかったからです。

  すぐにみんな、重々しい声を耳にしました。どうも大きなドームのてっぺんあたりからきているようです。それがこういいました。

「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。何故私を求めるのか?」

  みんなもう一度部屋のすみずみまで見渡しましたが、だれもいませんので、ドロシーはたずねました。「どこにいるんですか?」

  すると声が答えます。「わたしはあらゆるところにいる。だが一介の凡人の目には我が姿は見えぬ。いまからわたしは玉座に腰をおろし、お前たちがことばをかわせるようにしてやろう」。確かに声は、その時にはまさに玉座からまっすぐきているようでした。そこでみんな玉座のほうに歩いていき、その前に一列に並びまして、ドロシーはこういいました。

「オズよ、わたしたちは約束を果たしてもらいにやってまいりました」

「何の約束だ?」とオズ。

「邪悪な魔女をたおしたら、カンザスに送り返してくれるって約束しました」と少女。

「そしてぼくには脳みそを約束してくれた」とかかし。

「そしてわたしには心をくれると約束してくれた」とブリキの木こり。

「そしてわたしには勇気をくれると約束してくれた」と臆病ライオン。

「邪悪な魔女は本当に倒されたのか?」と声がいいましたが、ドロシーはそれがちょっとふるえているように思いました。

「はい。バケツの水でとかしました」

  声はいいました。「これはなんと。こんなにすぐにとは! じゃあ明日また戻っておいで、わたしも考える時間がいるのだ」

「もう考える時間ならたっぷりあっただろう」とブリキの木こりは怒ったようにいいました。

「もうこれ以上一日たりとも待たないぞ」とかかし。

「約束は守ってちょうだい!」とドロシーが叫びます。

  ライオンは、魔法使いをおどかしてやるといいかもしれないと思って、大きく激しく吠え、それがあまりに恐ろしげで壮絶だったので、トトはびっくりしてライオンからとびのいて、すみっこのついたてを倒してしまいました。それがドシンと音を立てて倒れたのでみんなはそちらを見て、次の瞬間、みんなあっけにとられてしまいました。というのも、ついたてに隠されていたまさにその場所には小さな老人が立っていて、頭ははげて顔はしわくちゃで、その人もこちらに負けず劣らずびっくりしていたようだったのです。ブリキの木こりは斧を振り上げて小さな男のほうに駆け寄って叫びました。「おまえはだれだ?」

「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である」とその小男はふるえる声でいいました。「でも斧で打たないで――おねがいだから――そしたら望みはなんでもきくから」

  われらが友人たちは、おどろいたやらがっかりしたやらでその男を眺めます。

「オズは大きな頭だと思ったのに」とドロシー。

「ぼくはオズはきれいな女性だと思っていた」とかかし。

「そしてわたしはオズがおっかない獣だと思っていた」とブリキの木こり。

「そしてわたしはオズが火の玉だと思っていたよ」とライオンが叫びます。

「いやいや、みなさんまちがっておる」と小男はよわよわしくいいました。「それはわしがでっちあげたんじゃよ」

「でっちあげた!」とドロシーは叫びました。「あなた、大魔法使いじゃないんですか?」

「静かに、おじょうちゃん。そんなに大声を出したら人に聞かれちまう――そしたらわしは破滅だ。わしは大魔法使いだってことになってるんだから」

「じゃあちがうの?」とドロシー。

「ぜんぜんちがうとも、おじょうちゃん。わしはふつうの人間じゃよ」

「ふつうどころじゃないよ」とかかし。「あんたはペテン師だ」

「まさにその通り!」と小男は、そういわれて嬉しいかのように手をこすりあわせました。「わしはペテン師だ」

「でもそりゃひどい。それなら心なんかとうてい手に入らないじゃないか」

「あるいはわたしの勇気は?」とライオン。

「あるいはぼくの脳は?」とかかしは嘆きつつ、上着の袖で目の涙をぬぐいます。

「わが友人諸君」とオズ。「お願いだからそんなつまらん話をせんでおくれ。わしのことも考えて送れ、ばれたらわしがどんなにまずい立場に置かれることか」

「ほかにあなたがペテン師だと知ってる人はいないの?」とドロシーはたずねました。

「あんたたち四名――そしてこのわし以外はだれも知らんよ。ずっとみんなをだましてきたもんで、絶対にばれないと思ったんだがな。あんたたちをこの玉座の間に通したのは大失敗だったよ。いつもは臣民たちにすら会わないから、みんなわしを恐ろしい存在だと信じてくれるんだ」

「でも、ちょっとわかんないんですけど」とドロシーはわけがわからなくなってたずねました。「どうしてあなたは、大きな頭に見えたの?」

「そりゃわしの手品の一つなんだよ。こちらへどうぞ、全部話してあげよう」

  そういうとオズは、玉座の間の奥にある小部屋にみんなを案内したので、みんなそのあとについていきました。オズが指さした隅っこには、あの大きな頭が転がっていましたがそれはいろんな厚さの紙でできていて、顔が入念に描いてあったのです。

「これを針金で天井からつるしたんだよ。そしてわしはあのついたての後ろに立って糸をひき、目玉を動かしたり口をぱくぱくさせたりしたんじゃ」

「でも声はどうなの?」とドロシーは追求します。

「ああ、わしゃ腹話術師なんだよ」と小男はいいました。「声をどこにでも飛ばせるから、あんたも声が頭から出ているように思ったわけだ。あんたたちをだますのに使った仕掛けはこれだ」かかしには、きれいな女性のふりをしたときに着たドレスと仮面を見せました。そしてブリキの木こりは、自分の見たおそろしい獣が毛皮をたくさん縫い合わせただけのもので、脇腹をふくらませる小割板が入っているだけなのを見ました。そして火の玉はというと、にせ魔法使いはそれも天井からぶら下げていたのです。実は綿の玉でしかなかったのですが、油を注ぐとその玉がごうごうと燃えるのです。

 かかしがいいました。「まったく、こんなペテンばかりで恥ずかしく思わないのかい」

「いや――まったくその通り」と小男は悲しそうにいいました。「でもわしには他にどうしようもなかったんだよ。お座り、おねがいだから。椅子ならたっぷりある。わしの身の上話をしてあげよう」

  そこで腰をおろしたみんなが聞かされたのは、こんなお話でした。

「わしはオマハ生まれで――」

「まあ、カンザスからそんなに遠くないところよ!」とドロシーは叫びました。

「うん、だがここからはずっと遠いんじゃよ」とオズは悲しそうに頭をふりながら言いました。「大きくなってから腹話術師になって、これはえらい師匠に鍛えてもらったんじゃよ。どんな鳥でも獣でも真似ができる」ここでオズはほんとに子ネコそっくりにニャアと鳴いて見せたので、トトは耳をあげて、ネコがどこにいるのかそこらじゅうを見回しました。「しばらくしてそれにも飽きて、わしは気球師になったんじゃ」とオズは続けます。

「というと?」とドロシー。

「サーカスの日に気球で空にあがり、人をたくさん集めてサーカス見物にお金を出させるんだよ」とオズは説明しました。

「ああ、あれね」とドロシー。

「うん、ある日気球で上がると、綱がよじれて降りられなくなったんだよ。気球は雲のはるか上にあがって、あがりすぎたので気流にあたって何キロも流されたんだよ。丸一昼夜も空中を旅して、二日目の朝に目を覚ますと、気球は見慣れない美しい国の上をただよっていたんじゃ。

  気球はだんだんおりてきたので、わしは怪我一つなかった。でもまわりは見慣れぬ人ばかりで、その人たちは雲からおりてきたわしを見て、大魔法使いだと思ったんじゃよ。もちろん、わしはその誤解をといたりはしなかった。みんなわしを恐れて、こちらの望みを何でもかなえると約束してくれたもんでな。

 単なる座興と、善良な人々を手持ちぶさたにしないために、わしはみんなにこの都と宮殿を造るように命じたんじゃ。みんな喜んで立派に仕上げてくれたよ。そしてわしは、この国が緑にあふれて美しいので、エメラルドの都と呼ぼうと考えた。そしてその名前にもっとふさわしいように、みんなに緑のメガネをかけさせたので、見たものがすべて緑色に見えるようになったわけだ」

「でもここでは何でも緑色じゃないんですか?」とドロシーがたずねました。

「いやいや、他の都市と同じだよ」とオズ。「でも緑のめがねをかけたら、まあもちろん目に入るものはなんでも緑色に見えるわな。エメラルドの都はもう何年も前に建てられたんだよ、わしが風船に運ばれてきたときには若者だったし、いまやもう老人だ。でもここの人々はもう長いこと緑のめがねをかけているので、ほとんどの人は本当にここがエメラルドの都だと思っているし、確かにここは美しい場所で、宝石や貴金属もたくさんあって、人を幸せにするよいものならなんでもある。わしは人々によくしてきたし、みんなわしが好きじゃ。でもこの宮殿ができてからというもの、わしは閉じこもってだれにも会っていない。

  わしがとてもおそれていたのが魔女たちだ。わしは何の魔力も持ってはいないが、魔女たちは本当に不思議なことができるのだということがやがてわかったからな。この国には四人の魔女がおり、それぞれ東西南北に住む人々を支配しておる。ありがたいことに、北と南の魔女たちはよい魔女だし、わしに危害を加えないのもわかっとった。だが東と西の魔女はとんでもなく邪悪で、わしが自分たちより強力だと思わなければ、まちがいなくわしを倒しただろう。そんなわけで、わしは何年もびくびくしながら暮らしておった。だからあんたの家が東の邪悪な魔女の上に落っこちたときいて、わしはどんなにうれしかったかわかるじゃろ。あんたがここへきたとき、わしはもう片方の魔女さえかたづけてくれればどんな約束でもするつもりだった。でもあんたが西の魔女をとかしたいま、恥ずかしながら約束は果たせんのだよ」

「あなたはとても悪い人だと思うわ」とドロシー。

「いやいやおじょうちゃん。わしはとても善人だよ。ただダメな魔術師ではあることは認めねばならんな」

「ぼくに脳をくれることはできないんですか?」とかかしがたずねました。

「そんなものいらんよ。あんたは毎日何かを学んでおる。赤ん坊は脳みそを持っているが、大してものを知らん。知識をもたらすのは経験だけだし、この世にいれば経験は確実に手に入る」

「それはその通りかもしれないけれど、でもあんたが脳みそをくれるまでぼくは不満だな」とかかし。

  にせ魔法使いは、じっくりとかかしをながめました。

「ふむ」とオズはため息をつきながら言いました。「わしは言ったとおり、大した魔術師ではない。でも明日の朝にここにきたら、あんたの頭に脳みそをつめてやろう。でもその使い方は教えられんぞ。それは自分で見つけるしかない」

「ああ、ありがとう――ありがとうございます!」とかかしは叫びました。「使い方なら見つけますとも、ご心配なく!」

「でもわたしの勇気はどうなる?」とライオンは不安そうにたずねます。

「勇気ならたっぷりお持ちだよ、まちがいなく」とオズは答えました。「あとは自信を持てばいいだけのことだ。危険に直面したときにこわがらない生き物なんかいやしない。本当の勇気とは、こわくても危険に立ち向かうということなんだよ。そういう勇気なら、あんたはたっぷり持ってるじゃないか」

「そうかもしれないが、それでもやっぱりこわいんだよ。自分がこわいことを忘れられるような勇気をもらわないかぎり、わたしも大いに不満だぞ」とライオン。

「しょうがない。では明日、その手の勇気をあげよう」とオズが答えます。

「わたしの心は?」とブリキの木こり。

「なんと、それはだな、心をほしがるほうがまちがっとると思うぞ。ほとんどの人は心のおかげで不幸になっとる。それを知ってれば、心がなくて運がいいのもわかる」とオズ。

「それは人それぞれの意見ってやつでしょう」とブリキの木こり。「わたしはといえば、心さえもらえたら不幸なんかいくらでも文句をいわずに耐えましょう」

「しょうがない」とオズは弱々しそうにいいました。「明日おいで。そうしたら心をあげる。もう何年も魔法使いを演じてきたんだから、もう少し続けることにしようかね」

「そしてあたしはどうやってカンザスに帰れるの?」とドロシー。

「それはちょっと考えてみないとな」と小男は答えました。「二三日考えさせとくれ。なんとか砂漠をこえてあんたを運ぶ手を考えてみよう。その間、あんたたちはわしのお客として扱われ、この宮殿に暮らす間はわが臣民たちがあんたたちに仕え、どんな望みにでもしたがってくれる。この手助けのかわりとしてわしがお願いするのはただ一つ――こんなざまなもんでな。わしの秘密を守って、ペテン師だとだれにもいわないでほしい」

  みんな、ここで知ったことを何も言わないことに同意して、期待に胸をおどらせて部屋に戻りました。ドロシーですら、彼女の呼ぶ「ひどい大ペテン師」が自分をカンザスに送り返す方法を見つけてくれるという希望をいだいていましたし、もしそれができれば、すべてを許してあげてもいいと思っていました。

14 翼ザルたち

  邪悪な魔女とエメラルドの都との間には道が――小道すら――なかったのをご記憶でしょう。四名が魔女をさがしにでかけたときには、魔女が一行を見つけて、翼ザルを送り出して自分のところにつれてきたのでした。運ばれるのに比べると、バターカップや黄色のひなぎくの大きな草原を通って帰り道を見つけるのはとてもむずかしいのでした。もちろん、まっすぐに日の昇る方角の東に向かえばいいのだということは知っていました。そして正しい方向には出発したのです。でも昼には太陽が頭の真上にあって、どっちが東でどっちが西かわからなくなり、このために大草原の中で一行は迷子になってしまったのです。でもみんな歩き続け、夜になると月が出て明るく輝きました。そこで一行はあまい香りの黄色い花の中に横たわり、朝までぐっすりと眠りました――かかしとブリキの木こり以外のみんなは。

  翌朝、太陽は雲の後ろに隠れていましたが、みんな自分の向かう方向に自信があるかのように出発しました。

「とにかく歩いていれば、いずれどこかにたどりつくにちがいないわ」とドロシー。

  でも一日、また一日と過ぎても、一行の前には相変わらず深紅の草原が広がっているだけでした。かかしはちょっとぶつくさ言い始めました。

「まちがいなく迷子になったぞ。エメラルドの都にたどりつけるような道をみつけないと、ぼくは絶対に脳みそが手に入らなくなる」

「わたしの心もだ。オズのところに着くのが待ちきれないほどなのに、この旅はどう考えてもあまりに長い」

  ライオンも泣き言を言います。「なあ、わたしもどこにも行き着くあてがないのに、いつまでも歩き続けるほどの勇気はないよ」

  するとドロシーも意気がくじけてしまいました。草にすわって仲間を見ましたが、みんなもすわってドロシーを見返すだけですし、トトは生まれて初めて、頭の横を飛んでゆくちょうちょを追い駆けられないほど疲れているのに気がつきました。だからベロを突きだしてはあはあ言うと、どうしましょうというようにドロシーを見上げました。

「野ネズミを呼んだらどうかしら」とドロシーは提案しました。「たぶんエメラルドの都への道を教えてくれるわ」

「そりゃ確かに教えてくれるはずだ。どうして今まで思いつかなかったんだろう?」とかかしが叫びます。

  ドロシーは、ネズミの女王にもらってからずっと首にかけていた小さな笛を吹きました。ほんの数分で、パタパタと小さな足音が聞こえて、小さい灰色のネズミたちがたくさんドロシーのほうにやってきました。その中には女王さまご自身もいて、小さなキイキイ声でこうたずねました。

「何かお役にたてることは、わがご友人たち?」

「迷子になったんです。エメラルドの都はどこにあるか教えてくださいますか?」とドロシー。

「もちろんですよ」と女王さまは言いました。「でもずいぶん遠いところですよ。だってあなたがたはいままでずっと、反対方向に歩き続けてたんですものねえ」そのとき女王さまはドロシーの黄金の帽子に気がつきまして、こう言いました。「その帽子の呪文を使って、翼ザルを呼べばよろしいのに。オズの都まで一時間もせずに運んでくれますよ」

「呪文があるとは知らなかったわ」とドロシーは答えます。「どんな呪文なんですか?」

  ネズミの女王さまは答えました。「金の帽子の内側に書いてありますよ。でも翼ザルを呼ぶんならわたしたちは逃げないと。あのサルたちはいたずらが大好きで、わたしたちをいたぶって大いに楽しむ連中ですからね」

「あたしたちを傷つけたりしないかしら」と少女は不安そうにたずねました。

「いえいえ、帽子の主の言うことにはしたがわなくてはならないんですよ。ごきげんよう!」そして女王さまはさっさと見えなくなり、ねずみたちもみんなその後に急いでしたがいました。

  ドロシーが金の帽子の中をのぞくと、ふちのところに何か書いてあります。これが呪文にちがいないわと思ったので、指示を注意深く読んでから、帽子をかぶりました。

「エッペ、ペッペ、カッケ!」と左足で立っていいます。

「いま、何て言ったの?」ドロシーが何をしているのか知らないかかしがたずねます。

「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」とドロシーは右足で立って続けました。

「こんにちは (ハロー)!」ブリキの木こりが落ち着いて答えました。

「ジッジー、ズッジー、ジク!」と両足で立ったドロシーが言いました。これで呪文を唱え終わったのですが、するとすさまじいおしゃべりと羽ばたきが聞こえ、翼ザルの群れが飛んできました。

  王さまはドロシーの前で深くおじぎをしてたずねました。「ご命令は?」

「エメラルドの都にいきたいんだけど、迷子になっちゃったんです」と子供はいいました。

「われわれがお運びしましょう」と王さまが答えるがはやいか、サルが二匹ドロシーをつかまえて、飛び去りました。他のサルたちがかかしや木こりやライオンを運び、小さなサルがトトをつかまえて一行を追いかけます。でもトトは、なんとかサルにかみつこうとするのでした。

  かかしとブリキの木こりは、前に翼ザルにどんなにひどい目にあわされたか覚えていたので、ちょっとこわがっていました。でも危害を加えるつもりはないことを知ると、意気揚々と空を飛び、はるか眼下のきれいな庭園や森を見下ろして楽しい時をすごしました。

  ドロシーは、いちばん大きなサル二匹の間で楽々と飛んでおりました。片方は王さま自らです。二匹は手で椅子をつくり、ドロシーを傷つけないように注意していました。

「あなたたち、どうして金の帽子の呪文にしたがわなくてはいけないの?」とドロシーはたずねました。

「話せば長くなります」と王さまは翼つきの笑いとともに答えました。「でもこれから長旅ですし、お望みなら暇つぶしにおはなししましょうかね」

「是非きかせてください」と彼女は返事しました。

  首領は語り始めました。「むかしむかし、われわれも自由で、大森林で幸せに暮らし、木々の間を飛び、木の実や果物を食べ、だれをも主人とあおがずに勝手気ままにすごしていたのです。中には、ときにいたずらが過ぎるものもいたかもしれません。空から降下して翼のない動物のしっぽを引っ張ったり、鳥を追いかけたり、森の中を歩く人に木の実を投げつけたりしていました。でもみんな気苦労もなく幸せで楽しさいっぱいで、一日の一瞬毎を満喫しておりました。これはずっと昔の、オズが雲の間からやってきてこの地を支配するようになるはるか前のことです。

  その頃、この国のはるか北には、美しい王女さまが住んでおりまして、この方は強力な女魔法使いでもありました。魔法はすべて人助けに使われ、善人を傷つけたことは一度もないとされていました。名前はゲイレットといい、ルビーの大きな固まりでできたすてきな宮殿に暮らしていたのです。だれもがこの方を愛しておりましたが、この方の一番の悲しみは、愛し返せる相手がだれも見つからないということだったのです。というのもこれほど美しく賢い方と添うにしては、男たちはみんなあまりにバカで醜すぎたからでしあ。でもついに、ハンサムで男らしくて歳以上に賢い少年が見つかりました。ゲイレットは、この子が男になったら夫にしようと決意して、ルビーの宮殿につれて帰ると、魔法の力をありったけつかって、どんな女性で願える最大限に強く善良で美しくしたのでした。その子が成人して大人になると、クエララという名前でしたが、この国で最高の最も賢い男だといわれまして、一方でその男らしい美しさは相当なものだったのでゲイレットは心底かれを愛し、結婚式の準備を万端にしようと急いだのでした。

  ゲイレットの宮殿近くにすんでいた翼ザルの王さまは、当時はわたしのおじいさんでした。そしておじいさんは、三度の食事よりも冗談が好きだったのです。ある日、結婚式の直前に、おじいさんが仲間と飛んでいると、川辺をクエララが歩いているのを見かけました。ピンクの絹とむらさきのビロードでできた高価な衣装を着ていたので、おじいさんはちょっとからかってやろうと思いました。そして一言命令すると、仲間たちはまいおりるとクエララをつかみ、運び抱えて川の真ん中上空に連れ出して、水の中に落としたのです。

『おしゃれな旦那、泳いであがっといで。水でお洋服にしみができたかみてごらん』とおじいさんは叫びました。クエララはそこで泳がないほどバカではありませんでしたし、これまで幸運な目にあってもお高くとまったりはしていませんでした。水面に浮かび上がると笑って、岸まで泳ぎ着いたのです。でもゲイレットがクエララのほうに駆けだしてくると、絹やビロードが川で台無しになったのがわかりました。

  王女さまはとてもお腹立ちで、もちろんだれの仕業かもごぞんじでした。翼ザルをみんなつれてこさせて、最初はみんなの翼をしばって、クエララに対する仕打ちと同じように、川に落としてやると言いました。でもおじいさんは必死でお願いしました。サルたちは翼をしばられたら川の中でおぼれてしまうのがわかっていたからです。そしてクエララも、翼ザルたちを取りなしてくれました。そこでゲイレットはやっと翼ザルを許したのですが、その条件として、それから金の帽子の持ち主の命ずることを三回かなえるように決めたのです。この帽子はクエララの結婚式のおくりものとして作られたもので、王女さまはこのために国の半分を支払ったと言われています。もちろんおじいさんやその他のサルたちはすぐにその条件に同意して、それでわれわれはその金の帽子の持ち主に対し、だれでも三回は奴隷をつとめなくてはならなくなったのです」

  「そしてそれからどうなったの?」ドロシーはこのお話にとても興味を持ったのでたずねました。

「金の帽子の最初の持ち主は、クエララになりました」とサルは答えました。「最初にわれわれに願いをかなえさせたのはクエララです。その花嫁はわれわれを見るのもいやだったので、クエララは彼女と結婚してすぐに、森の中でわれわわれを呼び出して、つねに花嫁が翼ザルを目にしないようなところにいるよう命じました。これはわれわれも喜んでしたがいました、というのもみんな彼女がこわかったからです。

  われわれがしなければいけないのはそれだけだったのですが、やがて金の帽子は西の邪悪な魔女の手に落ちてしまい、この魔女はわれわれを使ってウィンキーを奴隷にし、それからオズその人を西の国から追い出させました。いまや金の帽子はあなたのものですし、願いをかなえさせる権利も三回手に入れたわけです」

  サルの王さまがお話を終えて、ドロシーが見下ろすと前方にエメラルドの都の緑の輝く壁が見えました。サルの飛行の速さにドロシーは感心しましたが、旅が終わったことをありがたく思いました。不思議な生き物たちは旅人たちを慎重に都の門の前におろし、王さまはドロシーに深くおじぎをすると、すぐに飛び去り、その後にサルの群れ全員がしたがうのでした。

「よい道中だったわね」と少女。

「うん、面倒がさっさと片づいたな」とライオンが答えました。「きみがあのすばらしい帽子を持ってきたのは実に運がよかったよ!」

13 救出

  臆病ライオンは、邪悪な魔女がバケツの水でとけてしまったときいて大喜びでした。そしてドロシーはすぐに牢屋の門の鍵をあけてライオンを外に出してあげたのです。二人は城にいって、ドロシーがまずやったのは、ウィンキーたちみんなによびかけて、もう奴隷じゃなくなったと教えてあげることでした。

  黄色いウィンキーたちは大喜びでした。というのも、邪悪な魔女のために何年にもわたってつらい仕事を強いられてきたのですから。魔女はいつもみんなをとても残酷に扱ったのでした。ウィンキーたちはこの日をそれからずっと祝日として、お祝いと踊りに費やしたのでした。

「友だちのかかしとブリキの木こりさえいたらなあ。そうすれば文句なしに幸せなのに」とライオンがいいました。

「助けてあげられないものかしら?」少女は熱心に尋ねました。

「やってみようか」とライオンは答えます。

  そこで二人は黄色いウィンキーたちを呼び出して、友だちを助けるのを手伝ってくれないかと頼みますと、ウィンキーたちは自分たちをくびきから解放してくれたドロシーのためなら、喜んで全力をつくしましょうと申しました。そこでいちばん賢そうなウィンキーたちを何人か選ぶと、みんなで出発しました。その日一日と翌日の半ばまで旅して、ブリキの木こりがボコボコになってひしゃげている岩地にやってきました。斧は近くにありましたが、刃がさびて、柄も折れて短くなっています。

  ウィンキーたちは木こりをそっとうでに抱えあげ、黄色い城へ運んで戻りました。道中、ドロシーは旧友の悲しい運命に涙を少し流し、ライオンは生まじめで悲しそうな様子でした。城につくと、ドロシーはウィンキーたちに言いました。

「この中にブリキ職人はいませんか?」

「ええいますよ。とても腕のいいブリキ職人が何人かいます」とみんなは言いました。

「じゃあその人たちをつれてきて」とドロシー。そしてブリキ職人が、道具をみんなかごに入れてやってくると、ドロシーは問いただしました。「ブリキの木こりのへこみをなおして、曲げて元通りにして、壊れたところはハンダづけできますか?」

  ブリキ職人たちは木こりを慎重に検分すると、新品同然に修理できると思う、と述べました。そこでみんなは、城の大きな黄色い部屋で作業にかかり、三日と四晩にわたり働いて、ブリキの木こりの脚や胴体や頭を叩いたりひねったり曲げたりハンダづけしたりして、やがてついにまっすぐもとの姿に戻り、関節も新品同様に働くようになりました。確かに、何カ所かつぎはあたっていましたが、ブリキ職人はいい仕事をしていましたし、木こりは見栄っ張りではなかったので、つぎが当たっていてもまったく気にしませんでした。

  とうとう木こりがドロシーの部屋に歩いてきて、助けてくれた礼を申したときには、木こりはあまりに有頂天で喜びの涙を流したので、ドロシーは関節がさびないように、涙を注意深く全部エプロンでぬぐってあげなくてはなりませんでした。同時に、ドロシー自身の涙も旧友に再会できた喜びのために大量に流れ出しましたが、こちらはぬぐいさる必要はありませんでした。ライオンはというと、目を何度もぬぐいすぎたしっぽの先がびしょぬれになってしまい、おかげで中庭に出て、乾くまで日にかざさなくてはなりませんでした。

「かかしさえいっしょならなあ。そうすれば文句なしに幸せなのに」ドロシーができごとをすべて話して聞かせ終えると、ブリキの木こりはそう言いました。

「なんとか見つけなくては」と少女。

  そしてドロシーはウィンキーたちを呼んで助けを求め、一行はその日一日と翌日半日にわたり歩いて、翼ザルたちがかかしの服を投げた枝を持つ背の高い木のところにやってきました。

  とても高い木で、幹はつるつるだったのでだれも登れません。でも木こりはすぎに言いました。「わたしが切り倒そう。そうすればかかしの服が取り戻せる」

  さてブリキ職人が木こり自身をなおす作業をしている間に、ウィンキーたちの中の黄金職人は純金の斧の柄を作り、古い折れた柄のかわりに木こりの斧にはめたのでした。別のウィンキーは斧の刃を磨いたので、さびも取れ、磨いた銀のように輝きました。

  せりふを言い終わるがはやいか、ブリキの木こりは斧をふるいだし、じきに木がドシンと倒れると、かかしの服が枝から飛び出して、地面に転げ落ちました。

  ドロシーはそれをひろうと、ウィンキーたちに城まで運ばせまして、きれいな上等のわらを詰めてもらいました。するとどうでしょう! かかしは新品同様になり、助けてくれてありがとうと何度もお礼を言っていました。

  これでみんなが再会できたので、ドロシーと友人たちは黄色いお城で幸せに何日か暮らしました。そこには快適に暮らすためのものが何でもそろっていたのです。

  でもある日、少女はエムおばさんのことを思い出してこう言いました。「オズのところにもどって、約束を果たしてもらわないと」

「そうだね。わたしはついに心が手に入るんだ」と木こり。

「そしてぼくは脳みそが手に入る」とかかしが嬉しそうにつけ加えます。

「そしてわたしは勇気を手に入れる」とライオンは思慮深げに言います。

「そしてあたしはカンザスに戻るのよ!」とドロシーは手を叩きながら叫びました。「ね、明日にもエメラルドの都に向かって出発しましょうよ!」

  みんなそうしようと言いました。翌日、みんなはウィンキーたちを呼び集めてさよならを言いました。ウィンキーたちはみんなが行ってしまうのを残念がり、ブリキの木こりがたいへんに気に入ったので、お願いだから自分たちと西の黄色い国を治めてくれと頼みます。でもみんなが出発しようと決意しているのを知って、ウィンキーたちはトトとライオンにそれぞれ金の首輪をあげました。そしてドロシーには、ダイヤをちりばめた美しいブレスレット。そしてかかしには転ばないように、黄金の握りがついた杖を。そしてブリキの木こりには、金を張って宝石をはめこんだ銀の油さしをあげたのでした。

  旅人たちみんな、お返しにウィンキーたちにすてきな演説をして、みんな腕が痛くなるほど握手を続けました。

  ドロシーは魔女の食器棚にいって、バスケットに道中の食べ物をつめましたが、そこで金の帽子を目にしました。かぶってみると、ぴったりです。黄金の帽子の呪文のことは何も知りませんでしたが、きれいだと思ったので、それをかぶることにして、それまでの日よけボンネットはバスケットに入れて運ぶことにしました。

  そして旅の準備が整ったので、一行はエメラルドの都に向かって出発しました。そしてウィンキーたちは万歳三唱して、よい旅の祈りで見送ったのでした。

12 邪悪な魔女をさがして

 緑のひげをはやした兵隊は、エメラルドの都の通りを案内して、一同は門の守備兵の住む部屋にやってきました。この係官はみんなのめがねの鍵をはずし、大きな箱に戻すと、礼儀正しくわれらが友人たちのために門を開けてくれました。

「西の邪悪な魔女のところに行く道はどれですか?」とドロシーがたずねました。

「そんな道はないな。そっちの方に行きたがる人はだれもおらんから」と門の守備兵が答えました。

「じゃあどうやって魔女をさがせというの?」少女は問い詰めます。

「それなら簡単だ。あんたらがウィンキーたちの国に入ったことを知ったら、魔女のほうがあなたたちを見つけて、みんな自分の奴隷にしてしまうだろうから」

「そうはいかないかも。ぼくたちは彼女をたおすつもりなんだ」とかかし。

「それなら話は別だ」と門の守備兵は言いました。「これまで彼女を倒した人はいないので、わしは当然あなたたちもほかのみんなと同じように奴隷にされるものと思ってたからな。でもご注意を。魔女は邪悪で兇暴だから、簡単には倒されないかもしれんぞ。日が沈む西のほうに向かえば、まちがいなく見つかるだろう」

  みんなは守備兵にお礼をいって、さよならをいうと西に向かい、あちこちにヒナギクやバターカップが散った柔らかい草原を歩き出しました。ドロシーはまだ宮殿で着たきれいな絹のドレスを着ていましたが、おどろいたことにそれは今や緑ではなく、真っ白なのでした。トトの首に巻いたリボンもまた緑色が消えて、ドロシーの服と同じく白くなっていました。

  エメラルドの都はやがてはるか後ろになりました。前に進むにつれて、地面はだんだんでこぼこして坂道になってきました。というのもこの西の国には畑も家もなく、地面は耕されていなかったのです。

  午後になると太陽が暑くみんなの顔に照りつけました。蔭を作ってくれる木もありません。だから夜になる前に、ドロシーとトトとライオンは疲れてしまい、草の上に横たわって寝てしまいました。木こりとかかしは見張りをつとめます。

  さて西の邪悪な魔女は片目しかありませんでしたが、その目は望遠鏡のように強力で、どこでも見ることができました。だから自分の城の戸口にすわった魔女がたまたまあたりを見回していると、横になって眠っているドロシーと、それを取り巻く友だちを見つけました。みんなずいぶん遠くにいたのですが、邪悪な魔女はみんなが自分の国にいるので腹をたてました。そこで首にかけた銀の笛を一回吹いたのでした。

  すぐに四方八方から大きなオオカミの群れが走ってきました。みんな長い足をおっかない目と鋭い歯をしています。

「こいつらのところへいって、細切れに引き裂いておしまい」と魔女は言います。

「奴隷にするんじゃないんですか?」とオオカミの首領がたずねました。

「いや。ひとりはブリキで、ひとりはわらだ。一人は女の子で一人はライオン。どれも仕事にはむいてない。だから細切れに引き裂いてかまわないよ」と魔女は答えました。

「わかりました」とオオカミは言うと、全速力で駆け出し、ほかのみんなも後に続きます。

  運のいいことに、かかしと木こりが起きていてオオカミの来襲を聞きつけました。

  木こりがいいました。「これはわたしの戦いだ。みんな後ろへ。わたしがやつらのお相手をしよう」

  木こりはとても鋭くした斧をつかみまして、オオカミの首領が飛びかかってくると、ブリキの木こりは腕を振るい、頭を胴体から切断したので、オオカミはすぐに死んでしまいました。また斧をふりあげると共に、次のオオカミがとびかかり、これもブリキの木こりの武器がもつ鋭い刃の下に倒れました。オオカミは四〇匹おりまして、一匹ずつオオカミが殺されること四〇回。とうとうみんな、木こりの前に山をなして死んでしまいました。

  そして木こりは斧をおろしてかかしの横にすわると、かかしは「みごとな戦いだったよ」と言うのでした。

  二人はドロシーが翌朝目を覚ますのを待ちました。少女は毛むくじゃらのオオカミが大きな山になっているのを見てとてもこわがりましたが、ブリキの木こりがすべてを話しました。ドロシーは助けてもらったお礼をいうと、腰をおろして朝ご飯をたべ、その後みんな旅を続けました。

  さてその同じ朝、邪悪な魔女はお城の戸口にやってきて、遠くまで見渡せる片目であたりを眺めました。オオカミたちがみんな死んで、見知らぬ連中がまだ自分の国を旅しているのを見ました。これで魔女は前よりもっと腹をたてたので、銀の笛を二回吹きました。

  すぐさま野生のカラスの大きな群れが魔女のほうにやってきて、それがあまりに多くて空が暗くなってしまうほどでした。

  そして邪悪な魔女はカラスの王さまに言いました。「すぐにあのよそ者たちのところへ飛んでいけ。目玉を突きだして引き裂いておやり」

  野生のカラスたちはすぐに大きな群れを作って、ドロシーと仲間たちのほうへ飛んでいきました。少女はカラスの来襲を見ると怖くなりました。

  でもかかしがこう言うのでした。「これはぼくの戦いだ。脇に伏せていればけがをせずにすむよ」

  そこでかかし以外のみんなは地面に伏せました。かかしは立ち上がって腕をのばします。そしてカラスがかかしを見ると、みんなおびえました。鳥というのはかかしを見るとこわがるものだからです。そして近づこうとはしません。でもカラスの王さまはいいました。

「あれはただの詰め物をした人だぞ。オレが目玉を突きだしてやる」

  カラスの王さまがかかしに向かって飛ぶと、かかしはその頭をつかまえて首をひねって殺してしまいました。そして次のカラスが飛びかかると、かかしはまた首をひねります。カラスは四〇羽、かかしが首をひねること四〇回、やがてみんなかかしの横に死んで横たわっていました。それからかかしは仲間たちに立ち上がるように言いまして、みんな旅を続けたのでした。

  邪悪な魔女がまた見渡して、自分のカラスたちがみんな山になって死んでいるのを見ると、カンカンに起こってしまい、銀の笛を三回吹き鳴らしたのでした。

  たちまち宙にすさまじいブンブン言う音がして、黒いハチの群れが飛んできました。

  「よそものたちのところにいって刺し殺しておしまい!」と魔女が命じると、ハチたちは向きをかえて、歩いているドロシーと友人たちのところにやってきました。でも木こりはそれを見つけておりましたし、かかしは手を考えてありました。

「ぼくのわらを取り出して、女の子と犬とライオンにかぶせるんだ。そうしたらハチは刺せない」とかかしは木こりに言いました。木こりはその通りにして、ドロシーはライオンのすぐ横に横たわってトトをうでに抱いていると、わらがみんなを完全に覆いました。

  ハチたちは着いてみると、刺せる相手が木こりしかおりませんでしたので、みんな木こりに群がりましたが、針がブリキに当たって折れてしまい、木こりは痛くもかゆくもありません。そしてハチは針が折れると生きていけないので、黒いハチたちはそれで一巻の終わりとなり、みんな木こりのまわりに、細かい石炭の小さな山のように積み上がって散乱しているのでした。

  ドロシーとライオンは立ち上がり、少女はブリキの木こりと一緒に、かかしにわらをつめなおしてあげたので、かかしも前と変わらないくらいになりました。そしてみんな、また旅を続けたのです。

  邪悪な魔女は、自分の黒いハチたちが細かい石炭の小さな山のようになっているのを見て、とんでもなく腹をたて、足をふみならして髪の毛をひきぬき、歯をガチガチいわせました。そして奴隷のウィンキーたち十二人を呼び、鋭い槍を渡すと、よそ者たちのところへいって倒してこいといいました。

  ウィンキーたちは勇敢な人々ではありませんでしたが、言われた通りにするしかありません。そこで行進してドロシーの近くにやってきました。するとライオンがすさまじく吠えてウィンキーたちのほうへ躍りかかりましたので、かわいそうなウィンキーたちはふるえあがって、一目散に駆けもどってきたのでした。

  一同が城に戻ると邪悪な魔女はベルトで思いっきりみんなを殴りつけてから仕事に戻し、次にどうしようかすわって考えたのでした。よそ者たちを倒そうとする計画がどれも失敗したのはなぜなのか、どうしても解せません。でもこれは邪悪なばかりでなく強い魔女でもあったので、やがてどうしようか腹を決めたのでした。

  魔女の食器棚のなかには金の帽子があって、ふちはダイヤとルビーが取り巻いています。この金の帽子には呪文がかかっています。これを所有する人はだれでも三回だけ翼ザルを呼び出せるのです。翼ザルは、どんな命令にでもしたがいます。でも、三回以上命令できる人はだれもいません。邪悪な魔女はすでに二回、この帽子の呪文を使っていました。一回目はウィンキーたちを奴隷にしてこの国を自分が支配するようにしたとき。これを手伝ったのが翼ザルでした。二回目は、えらいオズ自身と戦って、かれを西の国から追い出したとき。これまた翼ザルに助けがあったのです。この金の帽子を使えるのはあと一回でしたから、他の力を使い果たすまでは、魔女としてもこれを使いたくはありませんでした。でも、凶暴なオオカミや野生のカラスや刺すハチたちがいなくなり、奴隷たちが臆病ライオンにおどかされて追い払われたので、ドロシーと友人たちを倒すにはこれしかないと考えたのです。

  そこで邪悪な魔女は食器棚から金の帽子を取り出して頭にかぶりました。それから左足で立つと、ゆっくりとこう言いました:

「エッペ、ペッペ、カッケ!」

  それから右足で立ってこう言います:

「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」

  その後、両足で立って大声でさけびました。

「ジッジー、ズッジー、ジク!」

  すると呪文が効きはじめました。空が暗くなり、低いとどろくような音が聞こえてきます。たくさんの翼がばさばさと音を立て、おしゃべりや笑い声がたくさん聞こえて、そして暗い空から太陽が顔を出すと、邪悪な魔女はサルの群れに囲まれていましたが、そのサルたちはみんな、肩に巨大で強力な翼を一対はやしているのです。

  中でもずっと大きな一匹が、どうやら首領のようです。それが魔女の近くに飛んできました。「三回目、最後の呼び出しですよ。ご命令は?」

「あのあたしの国にいるよそ者たちのところへいって、ライオン以外みんな倒しておしまい」と邪悪な魔女は申しました。「獣はここへ連れておいで。馬みたいにつないで働かせようと思うから」

「ご命令通りにいたします」と首領は言いました。そして、かなりの笑いとおしゃべり声と騒音をたてながら、翼ザルたちは飛び立ってドロシーと友だちが歩いているところへやってきました。

  サルの一部はブリキの木こりをつかまえると宙を運び、鋭い岩でいっぱいの土地にやってきました。そしてかわいそうな木こりをそこに落とすと、遙か上から岩に落ちた木こりはボコボコになってへこんでしまい、動くどころかうめくこともできなくなりました。

  他のサルはかかしをつかまえ、長い指で服と頭のわらを全部引っ張り出してしまいました。帽子とながぐつは小さな束にして、高い木のてっぺんの枝に放り投げてしまいました。

  後のサルたちは、強い縄をライオンのまわりに投げかけて、胴体と頭とをぐるぐる巻きにしたので、もう噛んだりひっかいたり抵抗したりできなくなりました。それからそのライオンをかかえあげて、魔女の城に飛んで戻り、逃げられないように高い鉄の柵をつけた小さな庭に入れられたのでした。

  でもドロシーには指一本触れませんでした。トトを抱いたまま、仲間たちの悲しい運命をながめて、間もなく自分の番だわと思って立ちつくしておりました。翼ザルの首領は飛んでドロシーに近寄ります。その長い毛深い腕をのばし、醜い顔は恐ろしい笑いを浮かべていました。でもおでこのよい魔女のキスのしるしを見ると、ぴたりと止まって、他のサルたちにも手を出すなと合図をしました。

「われわれはこの少女を傷つけられないぞ。この子は善の力で守られている。善の力は悪の力より強いんだ。邪悪な魔女の城に運んで、そこに置いてくるしかない」と翼ザルの親玉はみんなに言いました。

  そこで注意深くそっと、翼ザルたちはドロシーを抱え上げて、さっと宙を運んで城に戻ると、入り口の階段におろしました。そして親玉は魔女に言いました。

「できる限りご命令にはしたがいました。ブリキの木こりとかかしは破壊され、ライオンはしばって中庭につれてきました。少女は傷つけることはできないし、この子が抱いている犬にも手がだせません。われらが群れに対するあなたの力はこれで終わりであり、あなたはもう二度とわれわれに会うことはありません」

  そして翼ザルはみんな、かなりの笑いとおしゃべり声と騒音をたてながら宙に舞い上がると、やがて見えなくなりました。

  邪悪な魔女は、ドロシーのおでこのしるしを見て、びっくりして不安になりました。というのも、翼ザルも自分自身も、これではまったくドロシーに手が出せないのがわかったからです。ドロシーの足を見下ろして銀の靴を見ると、魔女はこわくてふるえだしました。その靴が実に強力な呪文をそなえているのを知っていたからです。最初、魔女はドロシーから逃げ出したくなりました。でも子供の目をのぞきこんでみると、その背後にある魂が実に単純であることを知り、銀の靴が与えてくれるすばらしい力のことも知らないとわかりました。そこで邪悪な魔女はこっそり笑ってこう思いました。「力の使い方を知らないんだから、まだ奴隷にはできるわね」そしてドロシーに、冷たく厳しくこう言いました。

「こっちにおいで。何でも言われた通りにするんだよ。さもないと、おまえも一巻の終わりだよ、ブリキの木こりやかかしと同じ目にあわしてやる」

  ドロシーは魔女のあとについて、お城の美しい部屋をたくさん通り抜けて台所にやってきました。そこで魔女はドロシーにおなべややかんを洗わせて、床を掃かせ、火にたきぎをくべさせたのでした。

  ドロシーは元気なく仕事にかかり、とにかくがんばって働こうと結審しました。魔女に殺されないだけましだと思ったのです。

  ドロシーがいっしょうけんめい働いているので、魔女は中庭にいって臆病ライオンを馬のように縄につなごうとしました。ドライブにいくときに、馬車をライオンにひかせたら絶対におもしろかろうと思ったのです。でも門をあけるとライオンは大きく吠えて、思いっきり魔女に飛びかかったので、魔女は怖くなって駆けだし、また門を閉じてしまいました。

「おまえを縄につけられないなら、飢えさせてやろう。こっちの言うことをきくまでは何もたべさせなからね」と魔女は、門の鉄格子の間からライオンに言いました。

  そしてその後は、とらわれのライオンには何も食べ物をあげませんでした。でも毎日魔女はお昼に門のところにやってきて、こうきくのでした。「馬みたいに縄につながれる用意はできたかえ?」

  するとライオンは答えます。「いいや。もしこの庭に入ってきたら、かみついてやるからな」

  ライオンが魔女の言うことをきかなくてよかったのは、毎晩この女が眠っている間に、ドロシーが食器棚から食べ物をライオンに運んでいたからなのです。食べ終わったらライオンはわらの寝床に横になり、ドロシーもその横に寝て、頭をその柔らかいもじゃもじゃのたてがみにもたせかけ、そして二人は苦労を語り合って、逃げ出す方法を計画しようとしました。でも城から逃げ出す方法は見つかりません。いつも黄色いウィンキーたちに守られていたからです。ウィンキーたちは邪悪な魔女の奴隷で、魔女の命令に背くのをこわがっていました。

  少女は昼間はいっしょうけんめい働かなくてはならず、魔女はしょっちゅう、いつも手に持っている古い傘でなぐってやるとおどかすのでした。でも実は、おでこのしるしのおかげで、魔女は決してドロシーを叩くことはできないのでした。子供はこれを知らなかったので、自分とトトのためにおびえきっていました。あるとき、魔女はトトを傘でなぐりつけ、勇敢な犬はおかえしに飛びかかって脚にかみつきました。魔女はかまれても血が出ませんでした。邪悪すぎて、体内の血が何年も前に干上がってしまったからです。

  カンザスやエムおばさんのところに戻るのが前よりずっとむずかしくなったことがだんだんわかってきて、ドロシーの暮らしはとても悲しいものとなりました。ときには何時間もおいおいと泣き、それをトトが足下にすわって顔を見上げ、女主人のためにとても悲しいのだと示すために、惨めに鼻をクンクン鳴らしておりました。トトは実は、カンザスにいようとオズの国にいようとどうでもよくて、ドロシーさえいっしょならよかったのです。でも少女が悲しいのがわかったので、自分も悲しくなってしまいました。

  さて邪悪な魔女は、少女がいつもはいている銀の靴を自分のものにしたくてたまりませんでした。ハチもカラスもオオカミたちも、みんな山になってひからびつつありますし、銀の帽子の力も使い切ってしまっていますが、もし銀の靴さえ手に入れば、失ったものすべてに勝るだけの力を手に入れられるのです。そこでドロシーを注意深く見張って、靴をぬがないかと待っていました。そうしたら盗んでやろうと思ったのです。でもこの子はきれいな靴が誇らしくて、夜とお風呂のとき以外はぬぎませんでした。魔女は暗闇がとてもこわかったので、靴のためでも夜にドロシーの部屋には入りたくありませんでしたし、水は暗闇よりもっとこわかったので、ドロシーがお風呂に入っているときには決して近寄りませんでした。実はこの年寄りの魔女は決して水にさわらず、水が自分に触れることも決して許さなかったのでした。

  でもこの邪悪な生き物はとてもずるがしこいので、欲しいものを手に入れるための手口を考えつきました。台所の床の真ん中に鉄の棒をおいて、魔術を使ってその鉄が人間の目には見えないようにしました。だからドロシーが床を横切ると、その棒が見えなかったのでつまづいて、思いっきりころんでしまいました。けがはしませんでしたが、ころぶときに銀の靴が片方ぬげてしまいました。そしてそれに手をのばすより先に、魔女がうばいとって自分のやせた足にはいたのでした。

  邪悪な女は自分の手口がうまくいったのでとげもご満悦でした。靴が片方あれば、その呪文の力の半分は手に入れたわけですし、ドロシーがその力を使えたとしても、魔女を倒すのには使えないからです。

  少女は、きれいな靴を片方なくしたのに気がついて腹を立てて魔女に言いました。「靴を返して!」

  魔女は言い返しました。「いやなこった。これはもうあたしの靴であって、おまえんじゃないんだからね」

「ひどい生き物ね、あなたって! あたしの靴を取っていいはずがないでしょう!」とドロシーは叫びます。

  魔女は笑いながら言いました。「それでも靴はもらっとくよ。いつの日か、もう片方もお前からとってやる」

  これでドロシーはカンカンに腹をたてまして、近くの水のバケツをつかむと魔女にぶちまけて、頭からつま先までびしょぬれにしてしまいました。

  すぐに邪悪な女は恐怖の叫び声をあげて、そしてドロシーがびっくりして見つめる中で、魔女は縮んでつぶれはじめたのです。

「なんてことをしてくれたんだい! あと一分であたしゃとけちまうよ」と魔女は叫びました。

「本当にごめんなさい」ドロシーは、魔女が目の前で黒砂糖みたいに本当にとけていくのを見て、心底怯えていたのでした。

「水にあうとあたしがおしまいだって知らなかったのかえ?」と魔女は、哀れっぽい悲しそうな声で尋ねました。

「もちろん知らなかったわよ。知ってるはずがないでしょう」とドロシー。

「ふん、あと数分であたしは完全にとけちゃうよ。城はおまえのものだ。あたしは邪悪な生涯を送ったが、おまえみたいな娘っこにとかされて、邪悪な行いを終えさせられようとは思ってもいなかったよ。ほらごらん――消えちゃうよ!」

  そう言うと同時に、魔女は茶色いドロドロの形なきかたまりになって、きれいな台所の床板の上に流れだしました。本当に魔女がとけて消えたのを見ると、ドロシーはバケツの水をもういっぱい持ってきて、その汚れにかけました。それからみんなまとめて戸口から掃き出してしまいました。老婆が後に残した唯一のものである銀の靴をひろうと、それを洗って布でかわかし、また自分の足にはきました。そして、やっと自分の好きにできるようになったので、中庭にかけだして、西の邪悪な魔女はもうおしまいで、自分たちも異国の地の囚人ではなくなったことをライオンに告げたのです。

11 すばらしいオズのエメラルドの都

 緑のメガネで目を保護しても、ドロシーと友人たちはすばらしい都のまばゆさでくらくらしました。通りに面して美しい家が並び、どれも緑の大理石でできていて、そこらじゅうに輝くエメラルドがはめ込んであります。同じ緑の大理石でできた舗装道路を歩き、ブロックの継ぎ目にはエメラルドが一列にきっちりとはめこんであって、太陽の光の中で輝いています。窓は緑のガラスでした。都の上の空でさえ緑がかっていますし、日ざしも緑でした。

  人がたくさん歩き回っています。男も女も子供も。みんな緑の服をきて、緑っぽい肌をしていました。みんな、ドロシーとその風変わりな連れの組み合わせを不思議そうに見つめ、子どもたちはライオンを見るとみんな逃げ出してお母さんのうしろに隠れるのでした。でも、だれも話しかけてきません。通りにはお店がたくさんあって、並んでいるものはどれも緑色でした。緑のキャンデーや緑のポップコーンが売られていて、他に緑のくつや緑の帽子、緑の服もいろいろ売られています。あるところでは、緑のレモネードを売っている人がいましたし、子どもたちがそれを買うところを見ると、支払いも緑の硬貨でされていました。

  馬も、その他どんな動物もいないようです。人々は小さい緑の手押し車を押して物を運んでいます。みんな幸せそうで、満足して栄えているようでした。

  門の守備兵に導かれて大通りを進むうちに、都のど真ん中にある大きな建物にやってきました。これが大魔法使いオズの宮殿でした。ドアの前には兵隊がいて、緑の制服を来て長い緑のひげをはやしています。

「ここにいる知らない者たちが、偉大なオズにお目通りを願っている」と門の守備兵が言いました。

「中に入りなさい。伝言を伝えよう」と兵隊が答えます。

  そこで一行は宮殿の門を通って、大きな部屋に通されました。そこには緑のじゅうたんと、エメラルドのはまった美しい緑の家具セットが置かれていました。兵隊は、部屋に生える前に緑のマットでみんなに足をふかせました。そしてみんながすわると、礼儀正しくこう言いました。

  「玉座の間のドアに赴いて、オズにあなたがたのご来訪を告げますので、くつろいでお待ちください」

  兵隊が戻ってくるまでずいぶん待たされました。やっと戻ってきた兵隊に、ドロシーは尋ねました。

「オズには会えましたか?」

  兵隊は答えます。「いえいえ、わたしはオズを見たことがありません。でも、ついたての向こうにすわったオズに話して、ご伝言を伝えましたよ。望みとあらば話をきいてやろうとのことです。でも、部屋にはみなさんそれぞれお一人ずつで入ること。そして一日にたった一人の話しかきかないとのことです。したがいまして、みなさんこの宮殿に何日かとどまるしかないので、旅のあとで心地よく休めるお部屋に案内させましょう」

  「ありがとうございます。オズは親切な方ですね」と少女は答えました。

  兵隊がこんどは緑の笛をふくと、すぐにきれいな緑の絹のガウンを着た娘が部屋にまいりました。美しい緑の髪と緑の目をしていて、ドロシーの前で深くおじぎをしながらこう言いました。

「おいでください、お部屋にご案内いたします」

  そこでドロシーは、トト以外の友だちみんなにさよならを言って、犬をうでに抱えると、廊下七本をぬけ、階段を三階分のぼりまして、宮殿の正面側の部屋にやってきました。実にすてきな小部屋で、ふかふかの気持ちいいベッドには、緑の絹のシーツと緑のビロードのカバーがかかっています。部屋の真ん中には小さな泉があって、宙に緑の香水を吹き上げており、それが見事に彫刻された緑の大理石の池にまた落ちてくるのでした。美しい緑の花が窓に並び、小さな緑の本が並んだ本棚もあります。後でドロシーがその本を開いてみると、風変わりな緑の絵がいっぱいで、それがおかしすぎてドロシーは笑い出してしまいました。

  たんすの中には、絹やサテンやビロード製の緑の洋服がたくさんありました。そしてどれもドロシーにぴったりです。

  「何も遠慮はいりません。もし何か入りようでしたらベルを鳴らしてください。オズは明日の朝にお迎えをよこしますので」と緑の少女が言いました。

  緑の少女はドロシーを一人残して、他の一行のところに戻りました。そのそれぞれを部屋に案内し、みんな自分が宮殿のとても快適な部屋に泊まることになったのを知りました。もちろんこんな礼儀正しさは、かかしには何の意味もないことでした。部屋にひとりきりになると、かかしは戸口を入ってすぐのところにバカみたいにじっと突っ立って、朝を待っていたのでした。横になっても休まるわけじゃないし、目も閉じられません。だから一晩中、部屋の隅で巣を作っている小さなクモを眺めてすごし、ここが世界でもっともすばらしい部屋の一つだなんてことはおかまいなしです。ブリキの木こりは、単に習慣でベッドに横になりました。肉でできていた頃のことを覚えていたからです。でも眠れませんでしたので、一晩中関節を上げたり下げたりして、それがきちんと動くようにして過ごしたのです。ライオンは、森の中の枯葉のベッドのほうがよかったし、部屋に閉じこめられるのもいやでした。でもそんなことを心配するには賢すぎました。そこでベッドに飛び乗るとネコのように丸くなり、ものの数分でのどを鳴らしながら眠ってしまいました。

  翌朝、朝ごはんの後で、緑の女中がドロシーを迎えにきまして、すばらしくきれいなガウンを着せてくれました――緑のひだつきサテンでできているのです。ドロシーは緑の絹のエプロンをして、トトの首に緑のリボンを巻き、偉大なオズの玉座の間に向かったのでした。

  まずは大広間にやっていました。そこには宮廷の数多くの紳士淑女がいて、みんな豊かな衣装を身につけています。この人たちは、おしゃべりするしかやることがありませんでしたが、でも毎朝玉座の間の外に毎朝集まるのでした。もっとも、オズとの面会を許されたことは一度もなかったのでした。ドロシーが部屋に入ると、みんな好奇心いっぱいで彼女をながめ、その一人がこうささやきました。

  「本当に恐るべきオズの顔を目の当たりにするのかね?」

  少女は答えました。「もちろんです。オズが会ってくださるなら」

  「そりゃ会ってくれますよ」魔法使いに伝言を伝えてくれた兵隊が言いました。「でもオズは、人に会って欲しいと言われるのがあまりお好きではないんです。実は、最初はずいぶん腹をたてて、追い返してしまえとおっしゃったんですよ。でもそこで、どんな風体なのかと尋ねられまして、あなたの銀のくつの話をすると、とても興味をお示しになりました。最後にあなたのおでこのしるしについて話しますと、面会を許そうと決意なさったのです」

  ちょうどそのとき、鐘がなって緑の少女がドロシーにこう言いました。

「あれが合図です。お一人で玉座の間に入らなくてはなりません」

  少女が小さなドアを開けたので、ドロシーは勇気を出してそこを通ってみると、すばらしい場所に出ました。大きな丸い部屋で天井は高いアーチになっており、壁や天井や床はぎっしり並べた大きなエメラルドでおおわれています。天井の中心には太陽と同じくらいまばゆい光があって、そのためにエメラルドがとても見事にきらめきます。

  でもドロシーがいちばん興味をひかれたのは、部屋の真ん中にそびえる緑の大理石製の大きな玉座でした。椅子のような形をしていて、その他のすべてと同じく宝石で輝いています。椅子の真ん中には、巨大な頭があるのですが、それを支える身体もなければ、腕や脚もまるっきりありません。この頭には髪の毛もありませんでしたが、目や鼻や口はあって、ものすごい巨人の頭よりも大きいのです。

  ドロシーが不思議そうにおびえながらこれを見上げていると、目がゆっくりと動いて、ドロシーを鋭くじっと見つめました。それから口が動いて、こんな声がドロシーには聞こえました。

「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者だ、そして何故私を求めるのか?」

  大きな頭からの声としては、思っていたほどひどい声ではありませんでした。そこで勇気を出してこう答えました。

「あたしはドロシー、小さくてか弱い者です。助けていただきたくてまいりました」

  目は、まるまる一分間もドロシーを考え深げに見つめました。それから声がこう言いました。

「その銀のくつはどこで手に入れた?」

「東の邪悪な魔女から手に入れたんです、あたしの家が魔女の上に落っこちて、魔女を殺したときに」とドロシーは答えました。

「おでこのしるしはどこでついた?」と声はたずねます。

「これは北のよい魔女が、あたしにさよならを言ってあなたを訪ねに送り出したときにキスしてくれたところです」と少女。

  またもや目はドロシーを鋭く見つめましたが、いまの話が本当だと見極めました。そしてオズは訪ねました。

「私に何を望むのだ?」

「カンザスに送り返してください。エムおばさんとヘンリー叔父さんのいるところへ」とドロシーは心の底から答えます。「あなたの国はとても美しいけれど、でも好きじゃないんです。それにエムおばさんも、あたしがこんなに長いこと留守にして死ぬほど心配してると思うんです」

  目は三回まばたきして、それから天井を見上げ、床を見下ろし、さらに実に奇妙な感じできょろきょろしたので、部屋の隅々まで眺め回しているようでした。そしてやっと、再びドロシーを眺めました。

「なぜ私がお前のためにそんなことをせねばならんのだ?」とオズは訪ねます。

「だってあなたは強くてあたしは弱いんですもの。あなたはえらい魔法使いで、わたしはただの寄る辺ない女の子でしかないんです」とドロシー。

「だがおまえは東の邪悪な魔女を殺すだけの力を持っていたではないか」とオズ。

「あれは成り行きです。どうしようもなかったんです」とドロシーはきっぱり答えました。

  頭は言いました。「そうか。私の答えを伝えよう。カンザスに送り返せというからには、かわりに私のたのみをきかなくてはならない。この国では、自分の手に入れるものについてはすべてそれなりの代償を支払うのだ。私の魔法の力を使って家に送り返してほしいのであれば、まずは私のためにやらなくてはならないことがある。私を助けてくれたら、私もおまえを助けよう」

「何をしなくてはいけないのでしょうか?」と少女はたずねます。

「西の邪悪な魔女を殺すがいい」とオズが答えました。

「でもそんなの無理です!」とドロシーは大いに驚いてさけびました。

「おまえは東の魔女を殺したし、おまえのはいている銀のくつは強力な魔法を持っている。いまやこの地に残る邪悪な魔女はたった一人。それが死んだと言えるようになったら、カンザスに送り返してやろう――だがそれまではだめだ」

  少女は泣き出しました。本当にがっかりしてしまったのです。すると目はまたまばたきして心配そうに彼女を見つめました。まるでえらいオズが、ドロシーさえその気になれば自分を助けてくれるのに、とでも思っているかのようでした。

「あたしはわざと生き物を殺したことは一度もないんです」とドロシーはすすり泣きました。「それに殺したくったって、どうすれば邪悪な魔女なんか殺せるんですか? 偉大でおそろしいあなたですらご自分で殺せないものを、どうやってあたしに殺せとおっしゃるんですか?」

  頭は言いました。「知らんな。だがそれが私の答えだ。そして邪悪な魔女が死ぬまでは、おまえはおじさんにもおばさんにも会えぬのだ。忘れるな、この魔女は邪悪だ――とんでもなく邪悪だ――だから死なねばならぬのだ。さあ行け、そして仕事を終えるまではもう私に会おうとしてはならぬ」

  ドロシーは悲しくてたまりませんでしたが玉座の間を去り、ライオンやかかしやブリキの木こりがオズの返事を聞こうと待っているところへ戻りました。

「もう何の希望もないわ。オズは西の邪悪な魔女を殺すまではおうちに返してくれないんですって。そんなの無理よ」ドロシーは悲しそうに言います。

  友達みんな、ドロシーをかわいそうに思いましたが、どうにも手助けしようがありません。だからドロシーは部屋に戻ってベッドに横たわり、泣きながら眠ってしまいました。

  翌朝、緑のヒゲをはやした兵隊がかかしのところにやってきてこう言いました。

「いっしょにいらしてください。オズがお呼びです」

  そこでかかしは後にしたがい、大玉座の間に通されました。するとそこのエメラルドの玉座にすわっているのは、実に美しい女性でした。緑の絹のガーゼを身にまとい、流れる緑の巻き毛の上に宝石をちりばめた王冠をかぶっています。その肩からは翼が生えていて、豪華な色合いをして実に軽く、ごくわずかな風にでも吹かれるとそよぐのです。

  この美しい生き物の前でかかしが、そのわらの詰め物で可能な限りきれいにおじぎをしてみせると、女性は優しくかかしを見下ろしてこう言いました。

「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在です。お前は何者ですの、そして何故私を求めるのですか?」

  さてかかしは、ドロシーが話してくれた巨大な頭に会うものと思っていたので、とてもびっくりしていました。でも勇気を出してこう答えました。

「ぼくはただのかかしで、わらが詰まっているだけです。ですから脳がないので、頭にわらのかわりに脳を入れてくれるようお願いしにまいったのです。そうすればあなたの領土にいるだれにもまけないいっぱしの人物になれるでしょうから」

「なぜわたしがそんなことをしなければいけませんの?」と婦人がたずねます。

「だってあなたは賢くで強力でいらっしゃるし、ほかにだれもぼくを助けられる人はいないんです」とかかしは答えました。

「おかえしなしに願いを聞き届けたりはしませんのよ」とオズ。「でもこれだけは約束しましょう。わたしのために、西の邪悪な魔女を殺してくれたら、大量に脳みそを差し上げましょう。それも実によい脳みそで、オズの国で最高の賢者になれるようなものを」

「魔女を殺せというのはドロシーに頼んだことじゃないんですか」かかしは驚いて言いました。

「頼みましたよ。だれがあの魔女を殺そうとかまわないのです。でもあの魔女が死ぬまでは、望みはかなえてあげません。さあ行きなさい、そしてその求めてやまない脳みそを勝ち取るまでは、もうわたしに会おうとしてはなりません」

  かかしはとても悲しい気持ちで友人たちのところへ戻り、オズの言ったことを話しました。ドロシーは、大魔法使いが自分の見たような頭ではなく、美しい婦人だったときいてびっくりしました。

「そうは言ってもね、あの女性はブリキの木こりに負けないくらい心が入り用だね」とかかし。

  翌朝、緑のヒゲをはやした兵隊がブリキの木こりのところにきて言いました。

「オズがお呼びです。こちらへどうぞ」

  そこでブリキの木こりは後について大きな玉座の間にやってきました。オズが美しい婦人になるか頭になるかは知りませんでしたが、美しい婦人だといいな、とは思いました。「だって、もし頭なら絶対に心なんかもらえないだろう。頭には心臓がないから、ぼくに同情したりはできないはずだ。でも美しい婦人なら、とにかく拝み倒して心をもらうんだ。ご婦人方はみんな心優しいというから」と木こりは自分に言い聞かせました。

  でも木こりが大きな玉座の間にはいると、そこにいたのは頭でもなければ婦人でもありません。オズは実におそろしい獣の姿をしていたのです。大きさはゾウほどもあって、緑の玉座でもその重みをささえきれるか怪しそうです。獣はサイのような頭をしていましたが、顔には目が五つもあります。体からは長い腕が五本生え、長く細い脚も五本はえています。前進をぶあついもじゃもじゃの毛が覆っていて、これ以上はないというくらい恐ろしげです。ブリキの木こりに今のところ心臓がなかったのは幸運でした。あったら恐ろしくてすごい音でドキドキしたでしょうから。でもただのブリキの木こりはちっともこわくありませんでした。ただとてもがっかりしただけです。

「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者だ、そして何故私を求めるのか?」と獣は、すさまじい咆哮のような声で一息に言いました。

「わたしは木こりで、ブリキでできています。だから心がなく、愛することができません。お願いですから心をください。ほかの人々と同じようになりたいのです」

「なぜそんなことを私がせねばならんのだ?」と獣が問いただします。

「わたしがお願いするからです。そしてこの望みをかなえられるのはあなただけだからです」と木こりは答えました。

  オズはこれを聞いて低くうなりましたが、不機嫌そうにこう言いました。

「本当に心を望むのであれば、それを勝ち取らねばならない」

「どうやって?」と木こりがききます。

  獣は申します。「ドロシーが西の邪悪な魔女を殺すのを手伝え。魔女が死んだら戻ってこい。そうしたらオズの国で最大の最も親切で愛に満ちた心をくれてやろう」

  そこでブリキの木こりは仕方なく悲しい思いで友達のところに戻り、自分の見た恐ろしい獣のことを話しました。みんな、大魔法使いがいろいろな姿を取れることを大いに不思議がりました。するとライオンは言いました。

「わたしが会見するときにオズが獣だったら、思いっきり吠えて怖がらせて、望みをかなえさせよう。そして美しい婦人だったら、飛びかかるふりをして、こちらの要求にしたがうようにさせよう。そして大きな頭だったら、こっちの思うつぼだ。部屋中その頭をゴロゴロ頃がして、こちらの願いを叶えると約束するまでやめない。だから友人諸君、元気を出したまえ。すべてはまだよくなる見込みがあるんだから」 翌朝、緑のヒゲの兵隊がライオンを大きな玉座の間に案内して、オズにお目通りするよううながしました。 ライオンはすぐにドアを入り、見回して目に入ったのは、驚いたことに玉座の前にいる火の玉でした。実に強烈に燃えて輝いていたので、ほとんど正視できません。最初、オズがうっかり自分に火をつけてしまって炎上しているのかと思いました。でも近づこうとしてもあまりに熱がすごくて、ヒゲが焦げてしまったので、ライオンはふるえながらコソコソと、ドアに近い場所に戻りました。 すると火の玉から低く静かな声がして、こう申しました。

「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者ですか、そして何故私を求めるのですか?」そしてライオンはこう答えます。

「わたしは臆病ライオンで、すべてがこわいのです。勇気を与えてくださいとお願いに参りました。そうすれば人間たちが呼ぶような百獣の王に本当になれるからです」

「なぜ勇気をやらねばならないのでしょう?」とオズが問いただします。

「あらゆる魔法使いの中であなたが最も偉大ですし、この望みをかなえられるのはあなただけだからです」とライオンは答えました。

  火の玉はしばし強烈に燃え上がり、そして声がこう言いました。

「西の邪悪な魔女が死んだという証拠を持ってきなさい。そうしたら一瞬で勇気をあげます。でも魔女が生き続ける限り、おまえも臆病なままです」

  ライオンはそう言われて腹がたちましたが、何も返答できず、だまって火の玉を見つめているうちにそれがとんでもなく熱くなってたので、しっぽを巻いて部屋から逃げ出しました。すると友人たちが待っていてくれたのでうれしく思いまして、この魔法使いとの恐ろしい面談の話を聞かせました。

「じゃあどうしましょう?」とドロシーが悲しそうにたずねました。

「できることは一つしかない」とライオンが答えます。「それはウィンキーたちの国に行って、邪悪な魔女を探し出して倒すことだ」

「でもできなかったら?」と少女。

「そうしたらわたしは決して勇気をもてないだろう」とライオンが宣言しました。

「そしてぼくは決して脳みそをもてない」とかかしが言い足します。

「そしてわたしは決して心を持てない」とブリキの木こり。

「そしてあたしは二度とエムおばさんやヘンリーおじさんに会えないのね」と言ってドロシーは泣き出しました。

  緑の少女が叫びました。「気をつけて! 涙がその緑の絹のガウンに落ちたらしみになりますよ」

  そこでドロシーは涙をふいて言いました。

「やるしかないようね。でもあたしは絶対にだれも殺したくないのよ、エムおばさんにまた会うためとはいえ」

「わたしもいっしょに行こう。でも臆病すぎて魔女を殺せないだろうが」とライオン。

「ぼくも行くよ」とかかしが宣言します。「でもあまり役には立てないだろうなあ、こんなにバカだから」

「わたしは魔女を殺せるほどの心臓すらないんだよ」とブリキの木こりが言います。「でもきみが行くなら、わたしも是非とも行こう」

  そういうわけで、翌朝出発することに決めまして、木こりは緑の砥石で斧を研いで、間接に全部きちんと油をさしました。かかしは新鮮なわらを詰め直し、ドロシーが目をきれいに描き直してもっとよく見えるようにしてあげました。みんなにとても親切だった緑の少女は、ドロシーのバスケットにおいしい食べ物をたくさん詰めてくれて、トトの首に緑のリボンで小さな鈴をつけてくれました。

  みんなずいぶん早く寝て、日が昇るまでぐっすり眠りましたが、宮殿の裏にすむ緑のオンドリのときの声と、緑の卵を産んだめんどりのコッコという鳴き声で目が覚めました。

10 門の守護兵

 臆病ライオンが目をさますまでにはしばらくかかりました。というのも、ケシの中にかなりいて、そのおそろしいにおいを吸い込んでいたからです。でもやっと目を開けて台車からころげおちると、自分がまだ生きているのを知ってとても喜びました。

「なるべく早く走ったんだけれどね」とライオンはすわってあくびをしました。「でも花が強すぎた。どうやってわたしを連れ出したんだい?」

  そこでみんなは野ネズミの話をしまして、野ネズミたちが親切にもライオンを死から救ってくれたのだと教えました。すると臆病ライオンは笑って言いました。

「前から自分が大きくておそろしいと思っていたもんだが。でも花のような小さなものがわたしを殺しかけて、ネズミのような小さな動物が命を助けてくれる。なんとも不思議なことだ! でも同志のみんな、これからどうしよう?」

「旅を続けてまた黄色いれんがの道を見つけないと。そうすればエメラルドの都への旅を続けられるわ」とドロシー。

  そこで、ライオンもすっかり元気を取り戻し、気分もよくなったので、またもや旅に出発し、柔らかく新鮮な草の上を楽しんで歩いていきました。そしてほどなく黄色いれんがの道にたどりつき、えらいオズの暮らすエメラルドの都に向かって進みはじめたのです。

  いまや道は平らできれいに舗装されていましたし、まわりの国は美しいものでした。だから旅人たちは、森を遠く後にできて大喜びで、いっしょにその陰気な陰で出くわした多くの危険とも喜んでお別れしたのでした。ふたたび、道の脇には柵があるのが見えました。でもこれは緑色に塗られていて、明らかにお百姓さんが住んでいる小さな家に通りかかりましたが、これも緑色です。午後の間にそうした家を何軒か通り過ぎましたし、ときには人々が戸口まで出てきて、なにかききたそうにこちらを見ています。でも大きなライオンがいるせいで、だれも近寄りませんし話しかけてもきません。みんなライオンがとてもこわかったのです。人々はみんな美しいエメラルドグリーンの服をきていて、マンチキンたちと同じようなトンガリ帽子をかぶっていました。

「ここがオズの国にちがいないわ。まちがいなくエメラルドの都にも近づいているはずよ」とドロシー。

  かかしが答えました。「そうだね。ここでは何でも緑なんだね。マンチキンたちの国では、青がお気に入りの色だったけれど。でもここの人はマンチキンたちほどは人なつっこくないよだし、今晩泊まる場所も見つけられそうにないよ」

「果物以外に何か食べたいわ。トトも腹ぺこのはずだし。次の家に寄って話をしてみましょうよ」と少女はいいました。

  そこで大きめの農家にやってくると、ドロシーは大胆に戸口にいって戸を叩きました。婦人がかろうじて外が見えるくらいに戸を開き、こう言いました。

「何の用だね、小さいの。それとあのでかいライオンは何をしてるんだい?」

「お許しいただければ一晩泊めていただきたいんですけど。それとライオンはあたしの友だちで同志ですし、絶対に危害を加えたりはしません」

「おとなしいかい?」と婦人はもう少しだけ戸を開けました。

「そりゃもう。それにとっても臆病なんですよ。あなたがライオンをこわがるよりも、ライオンのほうがあなたをこわがってるんです」

  婦人は思案して、もう一度ライオンを見ました。「ふむ。そういうことならお入り。ごはんと寝るところをあげよう」

  そこでみんな家に入りましたが、そこには婦人のほかに子供ふたりと男性がおりました。男性は脚にけがをしていて、すみの長いすに横になっています。みんなこんな不思議な一行を見てとても驚いておりまして、婦人が忙しくテーブルの用意をする間、男性がたずねました。

「みんな、どこへいくんだね?」

「エメラルドの都です。えらいオズに会うんです」とドロシー。

  男性は声をあげました。「ああなるほど! でもオズは本当に会ってくれるのかい?」

「会わないとでも?」

「だって、オズは絶対にだれにも会わないと言われているだよ。わたしはエメラルドの都には何度もったし、美しくてすばらしいところだよ。でも一度もえらいオズにはあわせてもらえなかったし、生きている人でオズに会ったという人もだれも知らん」

「オズは外には出ないんですか?」とかかし。

「決して。毎日宮殿の大きな玉座の間にすわって、身の回りの世話をする人たちでも、直接顔を合わせることはないそうだよ」

「どんな人なんですか?」と少女。

「それはなかなか答えにくいな」と男性は考え込んでいいました。「つまりオズはえらい魔法使いなので、どんな姿にでもなれるんだよ。だからある人は、鳥みたいだという。ある人はゾウみたいだと。ネコみたいだという人もいる。美しい妖精の姿だったり、お菓子になったり、思いのままどんな姿にでもなるんだ。でも本当のオズが、その本来の姿のときに何者なのかは、生きている人で知る者はないんだ」

「それはとても不思議ね。でも何とかして会わないと。さもないとこれまでの旅が無駄になっちゃうわ」とドロシー。

「どうしておそろしいオズに会いたいんだね?」と男性。

「ぼくは脳みそをもらいたいんです」とかかしは熱心に言いました。

「ああ、オズなら簡単なことだろう。自分で要るよりたくさん脳みそを持ってるんだから」男性はきっぱりと言います。

「わたしは心がもらえないかと」とブリキの木こり。

「造作もないこと。オズはありとあらゆる大きさと形の心を集めてるから」と男性は続けます。

「そしてわたしは勇気がもらいたい」と臆病ライオン。

「オズは玉座の間で勇気を大きなおなべに入れてあるんだ。そして金のお皿でふたをして、あふれないようにしてある。喜んであんたにわけてくれるだろう」

「そしてあたしはカンザスに送り返してほしいんです」とドロシー。

「カンザスってどこ?」と男性はびっくりしてたずねました。

「わかんないんです」ドロシーは悲しそうに言います。「でもあたしのおうちで、どっかにはあるはずなんです」

「なるほどそうだろう。まあオズならなんでもできる。だからカンザスも見つけてくれるだろう。でもまずはオズに会わないとな。これはなかなかむずかしい。大魔法使いはだれにも会いたがらないし、いつも自分の流儀を通すお方だからな。ところでおまえは何がほしいんだい?」と男は、続けてトトに話しかけました。トトはしっぽをふっただけでした。というのも、こう言うのも変な話ですが、トトはしゃべれなかったのです。

  ここで婦人が、夕食ができたと呼びましたので、みんなテーブルのまわりに集まりまして、ドロシーはおいしいおかゆと、いりたまごと、すてきな白パンを食べ、食事を楽しみました。ライオンもおかゆを少し食べましたが、気に入らず、これは大麦でできているが大麦はウマの食べ物であってライオン向きじゃないと言いました。かかしとブリキの木こりは何も食べません。トトは何でも少しずつ食べて、またおいしい夕食にありつけたのでありがたく思っていました。

  さて婦人は今度はドロシーに眠るベッドを与えてくれまして、トトはその横に寝て、ライオンはその部屋の入り口をまもって邪魔されないようにしました。かかしとブリキの木こりはすみに立って一晩中静かにしていましたが、もちろん眠りはしませんでした。

  翌朝、日が昇ると同時に、みんな出発して、やがて前方の空に美しい緑の輝きが見えてきました。

「あれがエメラルドの都にちがいないわ」とドロシー。

  歩き続けると、その緑の輝きはますます明るくなって、ついに旅も終わりに近づいているようでした。でも、都をとりまく大きな壁にたどりついたのは、午後になってからのことでした。壁は高く分厚く、まばゆい緑でした。

  その前の、黄色いれんがの道の終点には大きな門があって、一面にエメラルドがちりばめられて、太陽の中でぎらぎら輝いたので、絵の具で描いただけのかかしの目ですらくらみそうになったほどです。

  門の横には呼び鈴があって、ドロシーがボタンを押すと、中で金属っぽいカラカラいう音が聞こえました。すると大きな門がゆっくりと左右に開いて、みんなが中に入ると、そこは天井の高いアーチになった部屋で、その壁も無数のエメラルドで輝いています。

  目の前にいるのはマンチキンたちと同じくらいの大きさの小男でした。頭のてっぺんからつま先まで全身緑ずくめで、肌の色さえちょっと緑がかっていました。その横には大きな緑の箱がありました。

  ドロシーと仲間たちを見て、その人がこう言いました。

「エメラルドの都に何のご用かな?」

「えらいオズにお目にかかりにきたんです」とドロシー。

  男はこの答えにびっくりしすぎて、すわって考え込んでしまいました。

「オズにお目にかかりたいという人がきたのは何年ぶりだろうか」と、とまどって首をふっています。「オズは強力でおそろしい方だし、大魔法使いの賢い思索をどうでもいいつまらない雑用でじゃましにきたら、腹を立てて一瞬であんたたちを消し去ってしまうかもしれんぞ」

「でもつまらない雑用じゃないし、どうでもよくなんかないんです」とかかしは答えました。「だいじな用なんです。それにオズはよい魔法使いだとききました」

「確かにその通り」と緑の男は言います。「そしてエメラルドの都を賢く立派に治めておいでだ。でも正直でない者や、好奇心で会いたがる者に対してはとても恐ろしいので、直接会いたいと頼む勇気を持った人はほとんどいない。わしは門の守備兵で、あんたたちが大オズに会いたいというからには、宮殿にお連れしなければならん。でもまずはこのメガネをかけていただこう」

「どうして?」とドロシーはききました。

「メガネをしないと、エメラルドの都のまばゆさと栄光で目がつぶれてしまうんだよ。都に暮らす人々でさえ、昼も夜もメガネをせにゃならん。みんな鍵をかけてあるんだ。都が最初に作られたときにオズがそう命じたからな。はずすための鍵を持っているのはわしだけだ」

そして大きな箱を開けると、それはあらゆる形と大きさのメガネでいっぱいでした。どれも緑のガラスがはまっています。門の守備兵は、ドロシーにぴったりのものを見つけてかけさせました。金のベルトが二本、頭のうしろにまわるようになっていて、それを閉める鍵は、門の守備兵が首にかけた鎖につながっているのでした。それをかけると、ドロシーがはずしたくてもはずせなかったのですが、でももちろんエメラルドの都の輝きで目がつぶれるのはいやでしたから、何も言いませんでした。

  そして緑の男はかかしとブリキの木こりとライオンと、そして小さなトトにさえもメガネをあわせてかけさせまして、みんなしっかりと鍵をかけられました。

  それから門の守備兵は自分でもメガネをかけて、宮殿まで案内する準備ができたと話しました。壁の釘にかけた大きな黄金の鍵を手にとると、守備兵は別の門をあけて、みんな後に続いてその門を通り、エメラルドの都の通りにふみだしたのです。

9 野ネズミの女王さま

 「そろそろ黄色いれんがの道からさほど遠くはないはずだよ」と少女の横のかかしは言いました。「だって川に流されたのと同じくらいの距離を戻ってきたんだから」

  ブリキの木こりが答えようとしたとき、低いうなり声が聞こえたので、頭をめぐらすと(ちなみにちょうつがい式で実に見事に動きました)、奇妙な獣が草の上をぴょんぴょんと駆けてくるのが見えました。よく見ると大きな黄色いヤマネコです。何かを追いかけているようだな、と木こりは思いました。耳が頭にくっつくように寝ていて、口があんぐりと開き、みにくい歯が二列のぞいていましたし、赤い目が火の玉のようにかがやいていたからです。それが近づいてくると、ブリキの木こりはその獣の前を走っているのが小さな灰色の野ネズミだというのを見て取りました。ブリキの木こりには心はありませんでしたが、ヤマネコがこんなきれいで無害な生き物を殺そうとするのはまちがっているということはわかりました。

  そこで木こりは斧をふりあげ、ヤマネコが横を駆けぬけるときにサッとふりおろすと、獣の頭は胴体からきれいに切り離されて、ヤマネコは二つにわかれて足下に転がりました。

  野ネズミは、敵から解放されたので立ち止まりました。そしてゆっくりと木こりに近づくと、小さなキイキイ声でこう申しました。

「ああ、ありがとうございます! 命を助けてくださって本当にありがとうございます!」

  木こりは答えました。「なんのなんの、礼にはおよびません。ごぞんじのとおりわたしには心がありませんので、友人を必要としそうな方はすべて助けるように気を使っているのですよ。それがただのネズミであってもね」

「ただのネズミ、ですって!」と小さな動物は憤然と叫びました。「わたしは女王なんですよ――すべての野ネズミの女王なんですからね!」

「おやそうでしたか」と木こりはおじぎをしました。

「ですから、わたしの命を助けてくださったあなたは、勇敢だっただけでなく、重要な役割を果たしたことにもなるのです」と女王はつけ加えました。

その瞬間に、何匹かのネズミがその小さな足の許す限りの速さで駆け寄ってきまして、女王を見てこう叫びました。

「ああ女王陛下、もう殺されておしまいになったかと思っておりました! あの大きなヤマネコからいかにして逃れられたのですか?」そしてみんな、小さな女王に向かって実に深々とおじぎをしたので、ほとんど逆立ちせんばかりでした。

「こちらの奇妙なブリキの方が、ヤマネコを殺してわたしの命を救ってくださったのですよ。ですから今後は、お前たちみんなこの方にお仕えして、どんな願いでもかなえてさしあげるように」と女王様は申します。

「御意!」とネズミたちはみんな、キイキイ声をあわせました。そしていっせいに四方八方に逃げ散りました。というのもそこでトトが目をさまして、まわりにネズミがたくさんいるのを見ると、大喜びで吠えて群れの真ん中にとびこんだからです。トトはカンザスにいるときはネズミを追いかけるのが大好きで、それが何の問題もないことだと思っていました。

  でもブリキの木こりはイヌを捕まえるとしっかりと抱えて、ネズミたちに呼びかけました。「戻っておいで! 戻っておいで! トトは悪さはしないから」

  これを聞いてネズミの女王は草むらから頭をつきだし、こわごわとたずねました。

「本当に噛んだりしませんか?」

「このわたしが噛ませませんよ。だからこわがらないで」と木こり。

  一匹、また一匹と、ネズミたちはおっかなびっくり戻ってきまして、トトはもう吠えようとはしませんでした。でも木こりのうでからは逃れようとしまして、ブリキ製だと知らなければかみついていたことでしょう。とうとう、いちばん大きなネズミの一匹が尋ねました。

「女王さまの命を助けて頂いたご恩に報いるため、何かできることはありますでしょうか?」

  「何も思いつかないなあ」と木こりはいいましたが、かかしは、考えようとしていたけれど頭にわらが詰まっているので考えられなかったのに、すぐにこう言いました。

「いやありますあります。ケシ畑で眠っている、友だちの臆病ライオンを助けてくれませんか」

「ライオンですって! わたしたちみんな食べられてしまいますよ!」と小さな女王が叫びます。

「いやいや、このライオンは臆病者ですから」とかかしは請け合いました。

「本当に?」とネズミ。

「だって自分でそう言ってますから。それにぼくたちの友だちであればだれも傷つけたりしません。だからこのライオン救助を手伝ってくれたら、みなさんに手荒な真似はしないと約束しますよ」とかかしは答えました。

「そういうことでしたら、あなたを信用しましょう。でもどうすればよいでしょう?」と女王さま。

「あなたを女王さまとあがめて、命令にしたがうネズミはたくさんいるんですか?」

「ええ、そりゃもう。何千匹も」と女王さま。

「それなら、すぐにここにくるよう、みんなにおふれを出してください。そしてみんな、長いひもを持ってくるように言ってください」

  女王はおつきのネズミたちに向かって、すぐに臣民をみんな集めてくるように告げました。命令をきくがはやいか、みんなは一目散に四方へ散っていきました。

「さて、きみはあの川辺の森にいって、ライオンを運ぶ荷車を作ってくれよ」とかかしはブリキの木こりに言いました。

  そこで木こりはすぐに森に向かって仕事にかかりました。そして大枝から葉っぱや小枝を切り落とし、それを並べてすぐに荷台を作ります。それらを木のくいでつなぎあわせると、大きな木の幹を短くきって、車輪を四つ作りました。木こりはこの仕事をとてもすばやく上手にやったので、ネズミたちが集まりはじめた頃には、荷車はもうすっかりできあがっていました。

  ネズミたちは四方八方からやってきて、何千匹もおりました。大きなネズミ、小さなネズミ、中くらいのネズミ。そしてそのそれぞれが、ひもをくわえています。ドロシーが長い眠りからさめて目を開けたのはちょうどこの頃でした。自分が草の上に横たわっていて、何千匹ものネズミがまわりを囲んでびくびくとこちらを見ているのを見て、ドロシーはとてもびっくりしました。でもかかしがすべてを説明しまして、えらい小さなネズミのほうを向くと、こう言いました。

「お許しがいただければご紹介しましょう、こちらが女王陛下でございます」

  ドロシーは深々とおじぎをし、女王さまも会釈をしまして、その後ドロシーととても仲良しになりました。

  かかしと木こりは、ネズミたちが持ってきたひもを使って、ネズミを荷車に結びつけはじめました。ひもの片方をそれぞれのネズミの首にゆわえて、もう片方を荷車に結びます。もちろん荷車は、ひっぱるネズミのだれよりも千倍も大きかったのですが、ネズミがみんなで引っ張ると、楽々と動きました。かかしとブリキの木こりが乗っかっても大丈夫なほどで、一行はこの奇妙な小さい馬たちに惹かれて、ライオンが眠る場所に引かれていったのでした。

  ライオンは重かったのでかなり苦労しましたが、なんとか荷台に載せました。そして女王さまは、急いでみんなに出発するように命じました。というのもケシ畑にあまり長居したら、ネズミたちも眠ってしまうのがこわかったからです。

  最初、この小さな生き物たちは、これだけ数がいても、重たい荷物を積んだ荷車をほとんど揺らすことさえできませんでした。でも木こりとかかしが後ろから押したので、なんとかうまくいきました。やがて一同はライオンを、ケシ畑から緑の野原へと運び出し、花の有毒な香りではなく、甘くさわやかな空気が呼吸できるようにしてあげたのでした。

  ドロシーが出迎え、仲間を死から救ってくれたことについて、暖かくお礼をいいました。ライオンがとても好きになっていたので、助かったことをとても嬉しく思ったのです。

  それからネズミたちは荷車からほどいてもらって、草の中を自分たちの家へとカサコソと帰っていきました。ネズミの女王さまは最後まで残っていました。

「こんどまたお役にたてることがあれば、野原に出てきて呼んでください。聞きつけて、お手伝いに参りますよ。ごきげんよう!」

「さよなら!」とみんな答え、女王様は駆け去っていきまして、ドロシーはトトをしっかりと抱きしめて、イヌが女王さまの後をおいかけてこわがらせたりしないようにしました。

  それからみんなは、ライオンが目を覚ますまでその横にすわっていました。そしてかかしはドロシーに近くの木から果物をもってきて、ドロシーはそれを晩ごはんにしたのでした。

8 おそるべきケシ畑

 われらが旅人の群れは、すっかり元気になって希望にあふれ、ドロシーは川辺の木の桃やすももでお姫様のような朝ご飯を食べました。うしろにはぶじに通り抜けてきた暗い森がありました。そこではいろいろくじけそうなこともありました。でも目の前には美しい日差しに照らされた国があって、それがエメラルドの都へとみんなを招いているようです。

  確かに、いまは広い川がその美しい国への道をふさいでいます。でもいかだは完成しかけていました。ブリキの木こりが丸太を何本か木って、木のピンでそれをくっつけたので、出発の準備ができました。ドロシーはいかだの真ん中にすわって、トトをうでに抱きました。臆病ライオンがいかだに乗ると、ひどく傾きました。ライオンはとても大きくて重かったからです。でもかかしとブリキの木こりが反対側に立って安定させました。そして長いさおを持って、いかだを押すことになっていました。

  最初はなかなかうまく行きました。でも川の真ん中にさしかかると、急流がいかだを川下に押し流し、黄色いれんがの道からはどんどん離れてしまいます。そして水もどんどん深くなって、長いさおが川底に届かなくなってしまいました。

「これは困った。岸につけないと、西の邪悪な魔女の国に流されてしまう。そうしたら魔法にかけられて奴隷にされてしまうぞ」とブリキの木こり。

「そしたらぼくは脳みそがもらえない」とかかし。

「わたしは勇気がもらえない」と臆病ライオン。

「そしてわたしは心がもらえない」とブリキの木こり。

「そしてあたしはカンザスに帰れない」とドロシー。

「できることなら何としてもエメラルドの都にたどりつかないと」とかかしは続けて、長いさおを思いっきり突き立てると、川底のドロにしっかりはまってしまって、抜くことも手を離すこともできないうちに、いかだが流されてしまったので、あわれなかかしは川の真ん中で、さおにしがみついたままとなってしまいました。

「さよなら!」とかかしはみんなに向かって叫び、みんなとしてもかかしを残していくのは大変に残念なことでした。ブリキの木こりは泣き出したほどですが、ありがたいことに自分がさびるかもしれないと思い出して、涙をドロシーのエプロンでぬぐいました。

  もちろんこれはかかしにとってよくないことでした。

「これじゃあドロシーに会ったときよりもひどいぞ」とかかしは思いました。「あの時は、トウモロコシ畑の真ん中のさおにつきささっていたけれど、自分がカラスをおどかしているようなつもりには少なくともなれた。でも川の真ん中のさおにつきささったかかしなんて、絶対に何の役にもたたない。これじゃあ絶対に脳みそなんか手に入らないぞ!」

  いかだは川下に流れ、あわれなかかしはずっとうしろに取り残されてしまいました。するとライオンが言います。

「なんとかしないと助からないぞ。わたしなら岸に向かって泳げるし、きみたちがしっぽの先につかまっていられれば、いかだを引っ張っていけるだろう」

  そしてライオンは水に飛び込み、ブリキの木こりはしっかりとそのしっぽをつかんだので、ライオンは全力で岸めがけて泳ぎだしました。大きなライオンにとっても大変な仕事でした。でもだんだん一行は流れからぬけだして、そこでドロシーはブリキの木こりの長いさおを手にしていかだを岸に押しやる手伝いをしました。

  やっと岸について、きれいな緑の草に足を下ろすと、みんなくたくたになっていましたし、またエメラルドの都に続く黄色いれんがの道からずっと遠くに流されてしまったのもわかっていました。

「さてどうしよう?」とブリキの木こりは、草に横たわってお日様にあたってからだを乾かそうとしたライオンにたずねました。

「まずはなんとかして道に戻らないと」とドロシー。

「いちばんいいのは川岸に沿って歩いて、道に戻ることだ」とライオン。

  そこで元気が戻ると、ドロシーはバスケットを手にとって、草のはえた岸辺を歩いて川に流される前の道に戻ろうとしました。美しい国で、花や果樹や日差しはたっぷりあってとても元気が出たので、あわれなかかしのことさえ心配でなかったら、みんなとても幸せになれたでしょう。

  みんな全速力で歩き、ドロシーはきれいな花をつむのに一度立ち止まっただけでした。しばらくすると、ブリキの木こりが叫びました。

「見ろ!」

  そしてみんなが川を見ると、そこには水の真ん中でさおにつかまっているかかしがいました。とても寂しそうでかなしげです。

「どうすれば助けてあげられるかしら」とドロシー。

  ライオンと木こりは、どちらも首を振りました。助ける方法がわからなかったからです。そこでみんな川岸にすわって、切ない思いでかかしを見つめていましたが、そこへコウノトリが一同を見て、水辺で休みに足を止めました。

「あなたたちはだれ、どこへ行くの?」とコウノトリがたずねます。

  少女は答えました。「あたしはドロシーです。こちらはお友だちのブリキの木こりと臆病ライオン。みんなでエメラルドの都に行くところなんです」

「この道じゃないわよ」とコウノトリは、長い首をねじって鋭い目つきでこの風変わりな一行を眺めました。

「知ってます。でも、かかしさんが置き去りになったので、どうすればとりもどせるかを考えていたところなんです」

「その人はどこにいるの?」とコウノトリ。

「そこの川の中です」と少女は答えます。

「あまり大きかったり重かったりしなければ、つれてきてあげましょうか」とコウノトリ。

  ドロシーは熱心にいいました。「ぜんぜん重くないんです。だってわらが詰まってるんですもの。連れ戻してくださったら、もういつまでも心から感謝します」

「まあやってはみますけどね。でも運ぶのに重すぎるのがわかったら、また川に落とすしかありませんからね」とコウノトリ。

  そこで大きな鳥は空に舞い上がり、水上を飛んで、かかしがさおにつかまっているところまでやってきました。そしてコウノトリはその大きなかぎ爪で、かかしの腕をつかまえると宙に運び上げて、ドロシーやライオンやブリキの木こりがすわっている岸辺に運んできてくれました。

  かかしはまた友だちと一緒になれて、とにかく嬉しかったので、みんなを抱きしめました。ライオンとトトすら抱きしめたほどです。そして歩きながら「トル・デ・リデ・オ!」と一歩ごとに歌うほど嬉しかったのでした。

「もうずっと川の中にいるのかと思ったよ。でも親切なコウノトリが助けてくれた。もし脳みそをもらえたら、コウノトリをまた見つけて、お返しに何か親切なことをするんだ」

「そんなのいいですよ」と一行と並んで飛んでいたコウノトリが言います。「困っている人を助けるのは好きですからね。でもそろそろ行きませんと。赤ん坊たちが巣でわたしを待っていますからね。エメラルドの都が見つかって、オズが助けてくれるとよいですね」

「ありがとうございます」とドロシーが答えると、親切なコウノトリは空にまいあがってじきに見えなくなりました。

  みんなはそのまま歩き続け、色のきれいな鳥たちの声に耳を傾けたり、どんどん密になってほとんど一面に咲き乱れている美しい花をながめたりしました。大きな黄色や白や青や紫の花があって、その横には深紅のケシの大きな群れがあり、それがあまりにまばゆくて、ドロシーは目が痛くなったほどです。

「きれいだと思わない?」と少女は、花の強い香りを吸い込みながらたずねました。

「そのようだね」とかかしは答えました。「脳みそをもらったら、もっと気に入ると思う」

「心さえあれば、大好きになると思う」とブリキの木こりがつけ加えます。

「わたしは前から花が好きだ。か弱くて寄る辺ない感じで。でも森にはこれほどまばゆい花はない」とライオン。

  だんだん、大きな深紅のケシの束が増えてきて、その他の花はどんどん減っていき、やがて一行は大きなケシの花畑の真ん中におりました。さて、こうした花がいっしょにこれだけあると、その香りがあまりに強すぎて、吸い込んだらすぐに寝てしまい、寝た人をそこから運び去らないと、いつまでも目を覚まさないということはよく知られています。でもドロシーは知りませんでしたし、またまわり一面にある深紅の花から逃げるのは無理でした。だからやがてまぶたが重くなり、すわって休んで眠らないといけない気がしました。

  でもブリキの木こりが、そうはさせまいとがんばります。

「急いで日暮れまでに黄色いれんがの道に戻らないと」と言って、かかしもそれに賛成しました。そこでみんな歩き続けましたが、もうドロシーは立っていられなくなりました。心ならずも目が閉じ、自分がどこにいるかも忘れて、ケシの中に倒れて眠り込んでしまいました。

「どうしよう?」とブリキの木こり。

「放っておいたら死んでしまう」とライオン。「花の香りはわれわれみんなを殺そうとしている。このわたしですら、ほとんど目を開けていられないほどだし、犬はとっくに寝ている」

  その通りでした。トトは女主人の横で寝てしまっていました。でもかかしとブリキの木こりは、肉でできていなかったので、花の香りに悩むこともありませんでした。

「走って、この恐ろしい花畑から急いで出よう。少女は運べるけれど、君が眠ってしまったら、運ぶには大きすぎる」とかかしはライオンに言いました。

  そこでライオンは力をふりしぼり、思いっきりはやく駆け出しました。間もなく見えなくなってしまいます。

「手で椅子をつくってドロシーを運ぼう」とかかしはいいました。二人はトトを持ち上げてドロシーのひざにのせ、手を座面に、うでを椅子のうでにして、花の中を眠る少女を運んでいきました。

  二人は歩き続け、みんなを取り巻くおそろしい花のじゅうたんはいつまで立っても終わらないかのようでした。川が曲がっているところを過ぎると、やっと友だちのライオンのところにきましたが、ライオンはケシの中でぐっすり眠っています。花は巨大な獣にも強すぎて、ライオンはついにあきらめてしまい、ケシ畑の終わりまであと少しというところで眠ってしまったのです。ケシ畑の向こうには、すてきな草が緑の野原となって広がっていました。

「ライオンにはどうしてあげることもできない」とブリキの木こりは悲しそうに言いました。「持ち上げるには重すぎる。ここでいつまでも眠り続けるまま残すしかない。ひょっとすると、やっと勇気を見つけた夢でも見るかもしれない」

「残念だよ。ライオンは、こんなに臆病なくせにとてもよい仲間だった。でも先へいかないと」

  二人は眠る少女を川辺のきれいな場所につれていきました。もうケシ畑からは十分遠くて、花の毒をそれ以上すいこむ心配のないところです。やわらかい草の上に彼女をそっと横にして、新鮮なそよ風で目が覚めるのを待ったのでした。

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